男の夢、操り三昧。生月誠センセーッ!
さいみんさいみんさいみんさいみんさいみんみんみん!……って別にサイミンという言葉には何故か人を惹きつけてやまない何かがあるとか續けたい譯ではなくて(ってこのネタ分かる人いますか)、我らがキワモノマニアの女王、戸川センセの作品中、そのエロっぽさでは一番のオススメである「夢魔」を取り上げるとあってはやはり本作の重要なモチーフである「催眠」という言葉の持つその魔力について、まずはシッカリと語っておかないといけないと思った次第です。
催眠、というこの言葉だけだったら普通に心理學とか精神醫學とか、キワモノとは無縁のお堅いイメージしかないのですけど、ここにエロというスパイスを加えるとアラ不思議、そこには何ともいえない隠微にしてキワモノ心をグイグイと刺激する素敵な響きを持ってくる譯です。
ネクラのキワモノマニアだったら、社内一の美人で知られる受付孃に催眠術をかけてあんなこともこんなこともしてみたいとか、クラスの学級委員でピカイチの可愛子ちゃんに催眠術をかけて彼女の心を思いのままに操ってみたいとか、今教壇に立っている大学をでたてのグラマーな新任先生に催眠術をかけて皆の前で、……とか催眠という言葉にそんな不埒な妄想をあれこれと思い浮かべてはグフグフと心をときめかせたことも一度や二度ではない筈です。
本作はそんな男の夢をリアルに描いた、當にネクラマニアにはマストともいえる逸品乍ら、實をいえば「催眠」をモチーフにミステリ的な「操り」をも視野に入れた展開が素晴らしい傑作で、物語は主人公のルポライターが新幹線ひかりの車内でもの凄い美人を見かけるところから始まります。
まだ新幹線に食堂車があったというところが何とも時代を感じさせるんですけど、この美人が食事中に突然気分を惡くしたとかで、車内アナウンスで醫者を探してみると暫くして産婦人科醫をしているとかいう怪しげな男がフラリとやってくる。
で、この醫者は和服美人にリラックスしてもらう為に主人公や車掌を含めた全員は外に出てもらいたい、と乗務員室に二人して閉じこもり何やら怪しげな治療をスタート。で、主人公は新幹線を降りたあと治療を終えた美女を見かけて声をかけてみたものの、どうにも女の樣子がおかしい。
ホテルまで女を尾行すると、女はうっとりとした樣子で主人公に體を許してしまい、……とこのあと、主人公はこの謎の美女の正体を調べていくのですけど、この間に人妻を使った売春組織の存在が浮上、ドンファンの料理研究家もここに交えて彼はこの売春組織を背後で操っていると思しき「夢魔」の存在を追いかけていく、……という話。
とにかく後催眠にとあるキーワードを用いていたり、その言葉を囁くや普通に澄ましていた人妻が即座に催眠状態に入ってしまうところなどのエロっぽい描寫が素晴らしく、そこへ和服美人やショートカットの學生など、とにかくよりどりみどりの美女がことごとく夢魔の餌食にされていくという展開も堪りません。
彼がこの催眠を使った売春組織の存在を記事に纏めて雜誌に掲載されるや、夢魔は主人公の追跡を振り切るように周囲の女に偽の記憶を埋め込んだり、エッチが出來ないようなトラップを仕掛けたりと、このあたりの敵方の行動に探りを入れながら、正体の知れない夢魔と主人公が丁々發止の鬪いを行っていくところも見所で、探偵である主人公が犯人である夢魔を追いかけていくうちに、自らが犯人になってしまうという反転の構図が明らかにされる後半の展開もまた素晴らしい。
やがて事件は單なる売春事件からコロシも交えた陰慘な樣相を呈していくのですけど、夢魔の正体が明らかにされたあと、さらのその奧にいて全ての事件を操っている何者かの存在が浮上してきます。このあたりのミステリ的な物語の進め方も秀逸で、また事件を追い續けているうちにすっかりエロ催眠をマスターした主人公が教授の助手や人妻を悉く名器を持つ女に變えてしまったりと、マニアのツボを抑えた展開にも拔かりはありません。
後半になるに從って、施術を行うところの描寫など、催眠とエロの魅力を融合させたディテールは冴え渡り、その中でも特にお高くとまった看護婦にエロ催眠をかけて人前で自慰をさせてしまうシーンは壓卷。
主人公が見事な施術で看護婦を催眠状態に陥れると、同席していたドンファン料理研究家の惡ノリはますますエスカレート、看護婦を鳥にしたり、右手を脇腹につけたまま離すことが出來ずに苦しそうな顔をしたりするところをニヤニヤ見つめているだけでは飽きたらず、もうやめましょう、と言う主人公に曰く、この看護婦は典型的な自慰癖性格の持ち主だと喝破、この惡い癖を君の見事な催眠術によって矯正してあげればいい、と嘯きます。
「矯正する、っていったいどうするんです」
「深層催眠をかけるんだよ。覚醒後、三十分以内に、われわれの目の前で自慰癖症をさらけ出すようにすればいいのだ。そうすれば、恥ずかしい思いをするだろうから、今後は少し謙虚な態度をとるようになるだろう。こうやって患者や見舞客に対して特権的態度をとるのが一番いかん」
そうしていよいよ催眠暗示をかける主人公の台詞も奮っていて、
「いいですか。ここに白いペンキで太い線を引きますよ。よく覚えておいてください。これから一時間の間、催眠状態から覚めたあとで、あなたはこの線をまたいで廊下に出て行くことができません。この白い線をまたぐと、あなたが一生懸命に隱している自慰癖のことが、病院中のみんなに知られてしまいます。みなに知られたくなったら、この白い線の内側で、こっそりとやることです。これから三十分後に、その隅のソファーで、あなたがいつも隠れてしていることをやりなさい。われわれ二人が見ていますが、それは少しも心配することはありません。あなたは自分の自慰癖を恥じています。われわれの前でその恥ずかしいことをすれば、これからは心の苛責がなくなるのです」
お高くとまっている看護婦はボンヤリと目を覚ますといつものツンツンした態度に戻るんですけど、どうしてもドアの一メートルほど手前のところから進むことが出來ない。そうして苦しそうな顔をすると、隅のソファーに戻って主人公の暗示通りにコトを始めて、……というところのエロっぽい描寫も見事の一言。
人妻が和服の裾を亂して白い太腿をあらわにしたりといった和エロも含めて、催眠状態のままボンヤリとした人妻の顔を艶っぽく描いたりと、催眠のエロティシズムを知り盡くした戸川センセの意気込みが十二分に感じられます。
とはいえ、上にも書いた通り、このエロに絡めて催眠という無敵の操り手法を用いて、敵方の夢魔と事件を追いかけるにつれエロ催眠術師へと覚醒していく主人公との罠を仕掛けた攻防も見所で、探偵と犯人の立場の反転や事件の上位に位置する操りの眞犯人の構図など、現代ミステリにも通じる手法の鮮やかさも本作の大きな魅力のひとつでしょう。
リアル世界を舞台にしていることもあって「透明女」や「私がふたりいる」など、キワモノの王道的な風格は希薄ながら、それでもマニアには堪らない催眠という極上のアイテムに操りを絡めたミステリとして、本作は戸川センセの作品群としてもやはり無視できない傑作であると思うのですが如何でしょう。
しかし戸川作品の御約束で、この本も殘念乍ら「透明女」や傑作短編集「嬬恋木乃伊」などと同樣、絶版という理不盡ですよ。徳間は平山センセの「SINKER」といい何故こうも傑作名作の版権をため込んだまま頬被りを續けるのか、マニアとしては声を大にして抗議したくなってしまうのでありました。