台湾ミステリファンとしてはやはりまず第一に島崎御大のインタビューが掲載されているというだけでもう「買い」の一册なんですけど、「資料編」における野地氏の手になる労作「島崎博の仕事リスト」や巽氏による重厚な論考「宿題を取りに行く」など、とにかく素晴らしい内容がテンコモリ。
「回顧編」では上にも書いた通りやはり島崎御大のインタビューが貴重で、個人的には黄鈞浩のことが島崎氏の口から語られていたのが嬉しい。成る程、黄氏というのは奇人變人だったのか、と(爆)。
また卷頭言となる泡坂氏の『「幻影城」よありがとう』も心に沁みる文章乍ら、「幻影城」回顧に掲載されている數々の証言では、酒に醉った泡坂氏がエロ話で盛り上がったり、ゴーゴーを踊っていたことが暴露されていたりと、「こんな泡坂氏見たことない!」みたいな裏話も愉しい。
竹本氏のインタビューでの、永遠の少年めいた飄々とした語りも素敵なんですけど、この「幻影城」回顧の中ではやはり連城氏の文章が個人的には一番印象に残りました。島崎御大に散々シゴかれた氏の「恋愛小説を書こうと思うとミステリーへと逸れてしまい、ミステリーを書いているはずなのに恋愛小説にねじれていく」という、「だからそこが素晴らしいんですよ!」と思わず拳を振り回したくなる一文から、「戻り川」という名前に託して自らの將來を言い当てていたことを振り返り、「あの幻影城から今日まで流れてきて、今また幻影城へと流れ戻っていこうとしている」と、さりげなく新作の登場を仄めかす發言にも大期待ですよ。
また「幻影城」への愛に溢れた『「幻影城」へのオマージュ』は各人が「幻影城」への思いを三百字に纏めるという趣向で、三百字という短い文章の中に各氏の巧みの技が感じられるところがまた素晴らしい。
「回顧編」における三百字の「獻辞」な譯ですから、皆が規定文字數の半頁程で纏めているところへ、三百字を余裕で超過して二頁あまりもダラダラと文章を書き綴り、擧げ句に新人賞で横溝御大が推した作品をまったく面白くなかったとかホザいて場の雰圍氣をブチ壊しにするようなものは論外として、この中で特に印象に残ったのは最後の一文で素敵に締めくくる芦辺氏の文章と、冒頭から千街節が炸裂している千街氏の文章でしょうか。そのほかでは「マニアとしての恩返し」を宣言される三大神の一人、日下氏や、「祝祭めく日々」を回想する東氏、そして山田正紀氏のつぶやきなどが個人的にはツボでした。
で、こんなかつての「幻影城」への愛に溢れた回顧編を讀了して、資料編に目をやると、まず野地氏の労作「島崎博の仕事リスト」に感銘、「幻影城」とともにこの一册を機會に日本のミステリファンが現在も台湾のミステリ界で活躍されている島崎御大に興味を持ってくれれば台湾ミステリファンの一人としては嬉しい限り、また島崎氏のインタビュー中藍霄氏の「錯置體」や既晴氏の「別進地下道」の名前が出て來たのには思わずニンマリしてしまいました。
因みにこの「仕事リスト」台湾編に關して二點ほど補足しておきますと、31頁のNo.158で、
No.158の「記事の題名が異なっている」として、「野葡萄文學誌」の38号に訂正記事が掲載される予定だと島崎氏からうかがっています(2006年11末現在、未見)。
とあるので、「野葡萄」の38號に掲載された訂正文を以下に引用しておきます。
更正啓示…
野葡萄文學誌37期(9月號)「推理名家檔案室」單元、編輯誤植標題為「新本格派的國民推理作家――宮部美幸」、經由傅博老師指正後、宮部美幸為「社會派推理作家」、特此致歉更正。お詫びと訂正…
(野葡萄文學誌37期(9月號)「推理作家プロファイル」の題名を「新本格派的國民推理作家――宮部美幸」としてしまいましたが、島崎博先生より誤りであるとの御指摘をいただきました。正しくは宮部みゆき氏は「社會派推理作家」となります。ここに訂正して、お詫び申し上げます)
とあるので、No.158の題名は「社會派推理作家――宮部美幸」になると思います。
また次頁32頁の No.179「Mystery Vol.2 福爾摩斯誕生一百二十周年専輯」の「原稿名称」が空欄になっていますが、ここは「漫談日本新本格推理小説Ⅰ」になります。
もうひとつ、ズッシリと読み應えがあるのが巽氏の幻影城論考「宿題を取りに行く」で、前半は「サンデー毎日」の懸賞に入選した三篇の、「そろって身に帯びている痛々しいほどの青さ」を晒して笑いをとってみせたりするものの、後半は「文体論」や「推理小説の構造」など考察を行う上でのヒントを提示しつつ、推理小説の成熟の意味についての問いかけを行うというかなりヘビーな内容。ヘビーというのは勿論本格理解者の首領がいっている「難しい」という意味では全然なくて、その提起されている内容の重さについてである、というのはいうまでもありませんか。
ただ論考の主題とは全然關係ないとはいえ、この前半で言及されている「サンデー毎日」の懸賞小説が凄く氣になってしまいます。黒田米平の「氏原正直殺人事件」というベタなタイトルもスバラし過ぎるんですけど、冒頭の一文が「素人探偵石蟹幸吉の、探偵成功談の一つを紹介致します」だっていうんですからもう。ここにクズミステリの雰圍氣をビンビンに感じとってしまうのは自分だけでしょうかねえ。
因みにこの本、自分は昨日渋谷のブックファーストで入手したんですけど、まだ平積みも含めて七册ほどおいてありました。しかし同人誌ゆえ全國の本屋に置かれないというのは仕方がないとはいえ、わざわざ東京ビッグサイトにまで足を運ぶのは面倒くさい、本を買うのはほとんどネットで、というものぐさのマニアとしては、やはり「CRITICA」と同樣、出版の流通というものについて一言二言いいたいことがあったりするんですけど、長くなりそうなのでとりあえずこのエントリはこれくらいにしておきますよ。
當事の熱気を感じることの出來る回顧編、そして資料的價値も高い資料編と、自分のような「幻影城」を知らない世代の方にも広くオススメしたいと思います。