推理小説、本格ミステリの愉しさ、オジさんが教えてあげよう。うぉーしっしっー!
ジャケ帶に「まったく新しい鉄道ミステリー」、さらには「推理小説の復権」という言葉が添えられた著者のことばや、子供時代は鉄ちゃんであったことをカミングアウトしたあとがきなどから、もしかして松本清張フウのトラベルミステリー?なんて考えてしまうとものの見事に裏切られてしまいます。
確かに刑事が旅行もするものの、往年の推理小説としても邪道、本格ミステリとしてもその機械トリックの奇天烈ぶりや駄洒落の連打も含めてその總てが邪道ずくし。當に霞ワールドとしか表現出來ない孤高の風格を堪能出來る傑作でしょう。
本作で探偵役を勤めるのは、入れ歯投げを得意とするセイタカ爺に中年恵比須、美人鍼師にモジモジ君の四人組。中年恵比須は語り手であるモジモジ君の父親で、セイタカ爺が彼の祖父というこの三人が狛犬づくしの殺人事件の謎に挑むという物語です。
冒頭、神社を訪れたセイタカ爺とモジモジ君たちが延々と狛犬の蘊蓄を語り出すものですから、一体どんなふうになっていくのかと当惑していると、ここに奇妙な會話をしていたという女の存在が浮上。
その女がマンションからマネキンと一緒に飛び降りて死んでいたということを聞きつけるや、モジモジ君たちは警察である特権をフル活用して捜査を開始、この過程で彼女の姉もかつて通り魔に殺されていたことが判明、そして女の殺人に關係していた狛犬アーティストも不可解な死を遂げる。果たして一連の殺人事件の眞相は、……という話。
とにかく全編にわたって展開されるムリヤリ感が素晴らしく、ここは清張っぽく狛犬の謎を探る為に旅行しなくちゃ、というわけで中盤、生前に女が残した謎の言葉の意味を探る為にモジモジ君たちが山陰を旅したりするのはまだ序の口、後半に炸裂する阿吽まみれの謎解きのコジツケぶりも堪りません。
霞ミステリでは定番の消去法が今回はいつもに比較して控えめなのがちょっと意外といえば意外なんですけど、輕く流し乍らも布きれ一枚から論理的に犯人を割り出していく美人鍼師の推理は秀逸。
しかし犯人が分かってもその犯行方法がまだ判明していない、というところが本作の謎解きのキモでして、ここから例のムチャクチャな死体遊びが大展開。普通に考えていたら絶對に思いつかないような奇天烈な状況をしたり顔で解説する鍼師の推理にウンウンと頷いてしまうモジモジ君たちもキャラもいい。
このあたりのいつもとはやや異なる推理の流れは、こいつが犯人と決めつけたあとにアリバイ崩しが展開される往年の推理小説へのリスペクトなのかなあ、とか考えたりもするのですが如何。
そういえば昨日取り上げた芦辺センセの「千一夜の館の殺人」も探偵小説への回帰を提唱し往年の探偵小説へのリスペクトを感じさせながらも、非常に現代的ともいえる風格が素晴らしい味を出していた譯ですけど、その點は本作も同樣で、旅情氣分を盛り上げる中盤の展開や、關係者への聞きこみが續く前半の流れなどに、嗚呼、そういえば昔の推理小説ってこんなかんじだったなア、なんて思い出したりしてしまいましたよ。
それでも聞きこみの會話中クドいくらいに繰り出されるギャグと駄洒落の連打など、往年の推理小説というよりは、霞ワールドとしか表現しえない個性的な物語世界はやはり現代のキワモノミステリの雰圍氣がタップリ。
このあたりで完全に好みが分かれてしまいそうな氣がするものの、本格ミステリとして讀んでみても、死体の装飾や残された些細な手掛かりから犯行方法が次第に明らかにされていく謎解きの場面や、犯人と奇天烈な死体の謎が解き明かされたあと、さらに一連の殺人に絡めた意外な眞相が出てきたりと、あとがきでは王道を外れた獸道などと謙遜しつつも、愉しみどころをシッカリ抑えたところなどは文句なしの正統派。
マネキンと一緒に飛び降りた女の死も勿論なんですけど、今回ピカ一だったのは、この一連の殺人事件に隠されていたある眞相ですかねえ。そしてこの事實が明かされた刹那にそこはかとなくたちのぼってくる人間の哀しさが、全編駄洒落とギャグまみれの作風に獨特の香気を添えているあたりが「羊の秘」が好みの自分としてはツボでしたよ。
また冒頭の靖国神社の場面から開陳されるクドいくらいの狛犬ペダントリーが、モジモジ君たちの捜査によって次第に事件の見立てと密接に絡んでくるという趣向も見所でしょうか。
當に狛犬に取り憑かれたかのごとき、事件の表層からその奥深くに至るまで、阿吽まみれの装飾を凝らしたハジケっぷりが炸裂する推理の後半は、事件の謎解きという正統な本格ミステリの風格からは完全に逸脱しているものの、このあたりがキワモノミステリマニアには堪りません。
物語の雰圍氣は作者のいう通り、王道を外れた獸道ながら、謎解きから事件の見立ても含めて當に本格ミステリのド真ん中を行く本作、自分のようなキワモノの讀み方でも十分に愉しめるし、本格ミステリとしても一級品の風格を持っています。
東川氏の脱力ギャグのさらに上を行くオジさんテイストの駄洒落ギャグが完全に讀者を選んでしまうものの、島田御大を遙かに凌駕する奇天烈トリックだけでも讀む價値はアリ、でしょう。