セピア色ならぬ淡色の昭和モダン。
泡坂氏の新作乍らミステリではないので、讀者を選ぶかもしれません、というか、ミステリ界隈のファンは完全スルーしてしまうでしょうねえこれは。
リリース元の南雲堂もジャケ帶には「『乱れからくり』の背景と『写楽百面相』の原点がひそむ異色作!」という煽り文句を添えてミステリマニアにもアピールしているものの、ミステリ的な仕掛けはまったくなし、戰後の昭和を背景に著者をモデルにしたと思われる若者の視點から市井の人々を描いた普通小説の風格が濃厚な作品です。
とはいえ、ミステリだけではなく、泡坂氏の描く物語世界が大好きという人には十二分に愉しめるのが作品に仕上がってい、主人公は作者をモデルしたと思われる夜学に通う若者です。
彼が働く金融会社だか不動産会社だかハッキリしない会社が居を構える雜居ビルには、いかにも怪しげな人間が屯している。そこでは詐欺だの選挙違反だのといった犯罪が巻きおこるものの、主人公の日常はそういったゴタゴタした出来事に振り回されることもなく淡々としているところが泡坂節。
雜居ビルの周邊は妙にあわただしく、そこへ當時の世相や流行のアイテムを添えて物語は進められるのですが、小事件の連續に比較して、全体の雰圍氣が不思議と静的に感じられるのは、ひとえにこの主人公の造詣故でしょうかねえ。
中盤までは件の雜居ビルを舞台に小事がバタバタと發生するだけのお話なんですけど、後半、主人公が同じ職場の年上姉さんにホの字になっていくところから、ささやかな恋物語も絡めて、戦争を振り返るところが自分的にはツボでしたよ。
会社の同僚たちで花火大会を眺める場面でふと空襲を思い出すシーンとか、酒のまわった主人公が醉いにまかせて年上姉さんに告白するところとか、このあたりは本當にうまいなあ、と思いました。
小説の構成として見れば、この二人のエピソードをもっと前半に持ってきた方が盛り上がったような氣がするんですけど、おそらく本作の意図はこういった物語を紡ぎ出すことにはなくて、あの時代の空気を描き出すところにあったのでしょう。ジャケ帶の裏に泡坂氏も「あの、春のとなりの時代、春の胎動をぜひ書いておきたい。今でないと遅くなってしまうと、思い立ったのである」と書いていますし。
ミステリらしい謎かけも皆無、いうなれば「乱れからくり」から最近作に至るまでの、氏の作風から普通小説の要素を抽出して、それを背景にあの時代の昭和を描いてみた、そんな感じの小説です。
という譯でミステリではない普通小説ゆえ、いつもと違ってあまり多くを語ることが出來ないのでありました。まあ、自分のようなキワモノマニアが饒舌に煽るよりも、普通の本讀みの方に本作の魅力を語ってもらった方が効果的では、と思うのですが如何でしょう。