何だか本屋に行くと、「日本推理作家協会賞受賞」、「独白するユニバーサル横メルカトル」といった文字がジャケ帶に躍りまくった文庫本がそここに溢れかえり、さながらプチ祭の樣相を呈している平山氏。
以前ここでも取り上げた和モノ「羊たちの沈黙」ともいえる「SINKER」も勿論おすすめなんですけど、グロとゲテモノ、キ印にユーモアと、氏の誇るべき持ち味をすべてブチ込んだという點では破綻も少ない本作もまた、キワモノマニアとしては強力に推薦したい作品のひとつでありましょう。
あらすじを簡單に纏めてみますと、甘党ハードボイルドが、犯罪コレクションを趣味とする天才狂人から依頼を受けて、自分の子供の首チョンパをやらかした殺人女の元を訪ねていくのだが、……という話。
で、この甘党男の今回の仕事というのが「子供の首がどっかに隠されている筈だからそいつを見つけてこい」というもの。しかしこの女の家には子犬の死体をブンブン振り回すスキンヘッドの白癡男や、ニヤニヤしながら何かをたくらんでいるとおぼしき惡魔君がいたりと穏やかじゃない。
甘党男は女に取り入る為に自らアタリ屋を志願、手ひどい怪我をしたもののどうにか女のマイホームへ潜入を果たすのですが、當人の口は堅く、なかなか首の在處を教えてくれません。
仕方なく女が子供を殺した時の話を聞くというインタビューでお茶を濁しながら、惡魔君に首の所在の調査を依頼する甘党男でありましたが、そんななか、落雷に當たったスキンヘッドの白癡男はこれをきっかけに真人間へと覺醒、甘党男に一族の恐ろしいいわれを語り出すのであった、……という話。
殺人女の家に死体の首を探しに行く、なんて聞くといかにも恐ろしいホラー小説かと思いきや、さにあらず、平山氏らしいユーモアも時に交えて展開される物語に、「東京伝説」フウのリアル感は稀薄、また吐き気と眩暈を催すような死体損壊のグロシーンが全編にわたって展開される「SINKER」のような作風とも異なります。どちらかというとこのジャンル分け不能、無国籍にして奇天烈な平山ワールドファンタジーといったかんじでしょうかねえ。
真人間にかえった白癡男がベンチプレスに挑戦する場面など、惡魔君との打々發止の驅け引きをユーモラスに描いたところなどは、さながらハリウッドのB級ホラーを髣髴とさせるところも素晴らしく、その一方で、惡魔君が當に惡魔的な解剖実驗を主人公に開陳してみせるところなど、美しくも恐ろしい場面も見所でしょう。
冒頭いきなり件の白癡男がブンブン犬を振り回して登場したりするものですから面喰らってしまうものの、奇天烈人間とのランデブーにも終止冷靜な主人公と、ねじれまくった周囲の人間との対比も見事。
主人公の愛稱が12だったり、彼に仕事を依頼する天才狂人の名前がオギーだったりと、ここでも「SINKER」と同樣、登場人物の名前も含めて、いかにも平山氏らしい無国籍フウの物語世界は健在で、女の乘っている車が何故か軽自動車ではなくピックアップトラックだったりするところのディテールも、日本というよりはメリケンテイスト。
とはいえ温泉の採掘とか自警團とかいかにも日本の田舍村を思わせる描写もあったりと、このあたりの、讀者が何となく頭ン中に描いている物語世界の風景をグチャグチャに混乱させてみせる惡ノリも素晴らしい。
東京伝説シリーズなどの実話ものではディテールに徹底して現代の風俗を織り交ぜてみせるのとは對照的で、このあたりの違いを探りつつ、氏の小説で展開されるオリジナルワールドを堪能する愉しみ方もアリでしょう。
解剖女の幻想的なシーンや、死体に埋め込まれた秘文字、さらには燃え上がる炎など、ギミックやフックの盛り込まれた過剩な文体によって描かれる情景も非常に鮮烈で、最初こそ「脳味噌をトロトロのアイスクリームにさせる日射し」などの奇天烈な譬喩表現に頭を抱えてしまうものの、慣れてしまうとクセになるんですよこれが。
物語は首探しと奇天烈兄弟の謎を中心に展開されていくものの、中盤で主人公の過去が明かされます。これが後半に大展開される惡魔君との對決に繋がっていくのかと思わせながら、このあたりをあっさりと流してしまったのはちょっと勿體なかったかなア、とは感じるものの、何となく續編を期待させる雰圍氣もあったりするんですけど、どうなんでしょう。さらにこの主人公のエピソードだけでも外傳として一作仕上げることも出來そうな氣もするのですけど如何。
日本推理作家協会賞受賞ということで、徳間もこの祭に便乗して「SINKER」が文庫落ちしたりすると最高なんですけど無理ですかねえ。で、本作を再讀して思い出したのが何故かイアン・バンクスの「蜂工場」なんですけど、何氣にアマゾンで調べてみたらこれも絶版ですかッ。やはりキワモノの至宝は常に滅び行く運命にあるんでしょうかねえ、哀しいことです。