本格御大のキワモノサイド。
「仮面幻双曲」も含めて何だか最近は正史っぽいものばかりを讀み續けておりまして、たまには本家のものを。正史、といえば、個人的なお氣に入りは「獄門島」「蝶々殺人事件」あたりなんですけど、こういう正統派の作品をこのブログで紹介してもチットも面白くないですよねえ。やはりここはキワモノテイストが横溢した作品集ということで、例によって日下センセセレクトのちくま文庫から怪奇探偵小説傑作選の本作を取り上げてみたいと思います。
収録作は、ライバル意識剥き出しの從兄同士がゲスい女を取り合っての地獄巡りを描き切った傑作「鬼火」、シスコンボーイの覗き見が「裏窓」フウに展開するかと思いきや予想外の錯綜ぶりに頭を抱えてしまうこれまた傑作「藏の中」、現場を見られた女が福助を殺害、トンデモ蘇生術が犯罪を暴き立てる幻想的な短編「貝殻館綺譚」、乗馬ボーイに惚れ込んだ盲目女が人形嗜好に覺醒、女の妄想悲劇が幻想的な歸結を見せる「蝋人」、雙子の片割れと結婚した女の妄執を描いた「双生児」、決鬪に偽装した自殺から淫乱夫人のシークレットが明かされる「丹夫人の化粧台」など十五編。
長さとしても、叉完成度からいってももっとも讀みごたえがあるのは、「選者の言葉」で高木彬光御大も絶讃している「鬼火」で、あらすじはというと、子供の頃からライバル意識を剥き出しに張り合っていた從兄が共に画家を目指すものの、ここにやり手のゲス女が登場、こいつをを取り合っての地獄巡りがスタートします。果たしてライバル意識と嫉妬に燃え上がる從兄二人の運命はいかに、という話。
物語の中盤でこの從兄の一方が列車事故に遭遇、手の指を消失して顔にも大ケガを負ってしまった男は、指つき手袋にゴム仮面という當に「佐清ルック」の怪人へとイメージチェンジ、片割れの死をきっかけに見事ななりすましを行ったのだが……。
とにかく佐清の原型を思わせるゴム仮面に黒マントみたいなダフダブの外套というファッションセンス、そしてただ憎しみ合っているだけだったらまだ何事も起こらなかったというのに、「事件の背後に女あり、惡いのはすべて女の仕業」いう正史ワールドの法則がステキに作用して、このゲス女との邂逅が二人の人生をメチャクチャにしてしまうという展開も素晴らしい。
やりすぎともいえるほどに敍情を効かせた文体と、それによって描かれるものが、鼻血を流したゴム仮面だったりするところのギャップも見所の傑作でしょう。
「藏の中」もこれまた美文調で描かれた物語乍ら、こちらは編輯者に持ち込まれた小説原稿という構成を効かした作品。物語の殆どはこの美少年が墨で書いたという奇妙な小説の體裁をとっているのですが、これが後半、原稿を讀んでいる編輯者を巻きこんで、まったく訳の分からない展開へと落ちていくところが面白い。
口のきけない姉が好きで好きでタマラなかった語り手は、姉の死後、藏の中で姉の洋服を身につけてはムラムラしてしまう變態美少年。で、この變態君は望遠鏡でとある夫人宅を覗き見するという祕かな愉しみを發見、得意の讀唇術で件の夫人とその戀人との會話も盗み聞き、彼女のことなら何でも知っているんだぞとスッカリ御滿悦の樣子。
しかしある日、その夫人が殺されるところを目撃してしまったからさあ大變、犯人は繁く女のところに通っていた編輯者であったことから、この美少年は犯人告発の小説をイッキに書き上げる。果たしてこの小説を讀んだ編輯者は、……という話。
小説を讀みあげた編輯者が現場に赴くと件の美少年が待っていて、という展開から一轉、珍妙な殺人実況中継が始まるという、迷宮めいた構成が素晴らしい幻想ミステリの傑作、でしょうか。前半、美少年の姉萌えな語りが、覗き趣味を見つけたところからサスペンスの風格を帶びてくるところの転調も見事です。
高木御大は解説で幻想小説なんていってますけど、「貝殻館綺譚」は福助の蘇生術だのビックリハウスだのが登場し、キワモノミステリの風格が濃厚な作品です。
金持ち男を取り合っていた二人の女のうちの一人が、ライバルを崖から突き飛ばそうと計畫、しかし足を滑らせたところを返り討ちにあって撃沈してしまいます。殺されかかった女の方はしかし、その現場を福助に見られていたというから穏やかじゃない。
女は自分が宿泊しているビックリハウスに収蔵されている魅力アイテムを餌に、頭の足りなそうな福助を誘惑、館に凝らされた樣々な仕掛けで度胆を拔かせてマンマと殺害は果たしたものの、ここに哲学者然とした男が御登場、福助の死体を使って今から死体蘇生術をお目にかけようなんて口上を始めたものだから件の女は落ち着かない。果てしてこの実驗が行われると、……という話。
一應、この死体蘇生術にはキチンとした目的があってトリックもあるんですけど、個人的にこの風格は海野十三や香山滋の奇天烈ぶりには至らないものの、十分にキワモノと認定できるハジケっぷり。
キワモノという點で収録作中一番光っていたのは「丹夫人の化粧台」で、いきなり山ン中にやってきた譯ありっぽい三人組みが拳銃を使って決鬪を開始、一人は死んでしまうものの、後にこれが決鬪を巧みに利用した自殺だったことが明らかになります。男は死に際に「気をつけたまえ。丹夫人の化粧台」なんて奇妙な死に際の伝言を残して御臨終、果たしてこの意味するところは何なのか、という話。
さらにこの男は決鬪前にもメモをおいておくという周到振りで、ここでも「猫の鳴き声に気を付けろ」なんてこれまた意味不明を言葉を残している。すべての謎は丹夫人の邸宅に集約され、この家に何かいいようのない秘密が隠されていることは明々白々。
で、いよいよ件の化粧台を檢分することによって明らかにされたトンデモな眞相というのがまた何ともな代物でありまして、このオチと化粧台に隠されていたあるものへ思いを凝らすに、果たしてこれは恐怖小説と解釈するべきなのか、それともミステリっぽい展開から明らかにされた意外な眞相に素直に驚いてみせるべきなのか、このオチに當時の探偵小説のキワモノぶりを感じつつ、引きつった笑いで誤魔化すしかないという逸品です。
「双生児」は、雙子の片割れと結婚した女が語り手で、結婚後ももう一人の影を感じて仕方がない。で、暫く家を留守にしていた旦那が歸ってくるとどうにも樣子がおかしい。もしかしたら旦那は件の片割れに殺されて、いまこの家にいるあの男が入れ替わったものではないのか……。
語り手の絶對主観ワールドでグイグイと進む物語は、最後に楽屋裏で博士たちがこの女の手記の檢証することで終わります。一應それらしい推理がなされるものの、そこへ最後に一言を添えて餘韻を持たせた幕引とする手法はこのテの短編としては定番でしょう。
「蝋人」も印象に残る一編で、ヒョンなことから乗馬ボーイと出會った人妻は旦那に隠れてコソコソと逢い引きを繰り返すものの、やがてそれは旦那の知るところとなりここから悪役を引き受けた旦那の復讐劇がスタート。燈篭流しのイベントの夜、間男の乗馬ボーイは拉致されて男性機能を喪失させる手術を施されてしまう。
以後失踪してしまった間男の消息にやきもきする夫人は、ようやく乗馬ボーイと再會を果たすものの、旦那の家に放火したかどで捕まってしまう。懲役を喰らった間男はここで舞台から退場となり、この後は浮気夫人が腸チブスに感染して失明、性格も激変してすっかり根暗のマドンナへと消沈してしまった彼女は、以後、旦那の加護のもと間男に似せたマネキンを愛玩してながら暮らすのであった……。
この間男人形をネタに最後はサイコミステリ風の幕引きとなるのですが、ある種の美しさを称えた後半の展開は幻想小説としての風格も濃厚です。何しろ短いなかに、間男との出會から悲劇的な転調までのすべてをブチ込んだものですから、どうにも物語全体が驅け足過ぎてそのあたりは勿體ない、とは思うものの、しかし當時の探偵小説にこの手のやりすぎ感はこれまた定番でありますから、自分的にはノープロプレム。
そのほか怪談譚をまじえて奇妙な殺人事件が發生、そこに何ともな眞相が明かされる「妖説血屋敷」はミステリとしての完成度も高い短編として素晴らしい味を見せ、「舌」「面」などひねりとオチの効いた小噺も秀逸です。また貝殻を耳に当てて海の音を聞く、なんてかんじの甘っちょろいベタベタ浪漫を極上の幻想譚へと仕上げた「かいやぐら物語」もいい。
という譯で、本格ミステリ作家としての正史の風格は皆無乍ら、もう一面の幻想怪奇のテイストが濃厚に感じられる傑作短編がテンコモリの本作、「獄門島」も「犬神家」も知らない方には全然おすすめ出來ないんですけど、逆に氏の本格ものしか讀んでない方であればまた違った驚きと恍惚を感じられることと思います。おすすめ。