ワンパターン、變わらないことの美學。
作者の大石氏曰く、本作は記念すべき二十作目の長編とのことなんですけど、物語の主題は相も變わらず變態男のやりたい放題、頑固一徹に變質者のキ狂嗜好をスタイリッシュに描いた本作の主題はズバリ「飼育」。
「殺人勤務医」にも通じるテーマでありながら、本作では變質者の欲望がより明確に表現されているところが見所で、始めから終わりまで極上のエロを交えて拉致監禁を描き出した物語は、本物の變態が讀んだらかなりヤバいといえるほどの過激さで押しまくります。
本作で大活躍を見せる變態男は、子供の頃、道端に落ちていたエロ雑誌を見つけたことで暗黒の變態道に目覚めてしまったという経歴の持ち主。四つん這いの女性に首輪をつけて調教というエロ雑誌との邂逅が以後、彼の嗜好をSMワールドへと決定づけてしまいます。
主人公の男は、親が大手スーパーのチェーン店をやっていたというボンボンで、房総半島は海の見えるところに構えたスーパー御殿の地下室へ女性を監禁するための秘密部屋を拵え、そこにターゲットの女を拉致しては監禁している。で、語は監禁飼育されている女性のそれぞれにスポットを當てながら、變態男の惡業をスタイリッシュに描いていく、というものです。
大石氏が生活の場を湘南から移したということもあって、本作の舞台は房総半島。この影響かどうかは分からないんですけど、監禁飼育に變態エロと過去作と同じことをやってい乍ら、本作では房総の海が醸し出す何処か虚ろな情景と共鳴して、主人公の心の空虚がより際だっているような氣がするのですが如何。
このあたりは特に、主人公がフェリーを使って三浦半島から房総に戻ってくるところのシーンなどに顯著で、観光客で賑わう湘南の海と船の上から見渡した房総の海の景色との対比が見事。今後、物語の舞台を房総にうつしたことで氏の作風がどのように變化していくのか、ファンとしてはこのあたりも要チェックでありましょう。
さて、物語の最初で拉致監禁されてしまうのは元キャンギャル。広告代理店に勤務する旦那(マイカーはBMWの四駆。X4ですかね)と息子の三人で暮らしているという女性で、宅配便を裝った變態男からスタンガンを喰らって失神、目が覚めると車の中というシーンからしてもう、作者の作品では御約束の「うぶぶっ……」が大展開。
房総の秘密アジトの一室でベットの上に女を大の字に縛り付けて凌辱、そこへ「いっ、いやー!……」という例の絶叫も交えて、反抗を諦めない女の肩には燒き印を施すという惡魔的な所業の凄まじさには一瞬眉根を顰めてしまうものの、拷問シーンの直接描写はあっさりめです。
もっぱら物語の中で熱を入れて描かれているのは濃厚にして變態的なエロスと、獲物の女をネバっこい視線で描いた妖艶描写にありまして、大石ワールドではこれまた御約束のアレも含めて、オットセイ並の絶倫男が全編にわたってヤリまくるシーンが執拗に展開されるところも期待通り。
凌辱シーンの要所要所に女たちの過去が、主人公の視點から語られるところも作者の物語の定番で、この中では主人公の變態男をさながら蛆虫を見るような目つきで見ていたキャリアウーマンの逸話がいい。
親の経営するスーパーでやり手キャリアとして活躍していた彼女は、主人公の惡だくみによって例の秘密アジトに拉致監禁されてしまうものの、どんなに酷い拷問にも決して許しを請わないという彼女の氣丈な性格設定もさることながら、男に屈したすぐあとに自ら命を絶ってしまうまでを淡々とした語りで描き出しているところが秀逸です。
作者の作品にたびたび登場する定番アイテムに目を配ると、冒頭この物語の最後で重要な役所を勤める元キャンギャルが拉致前に愛飮していた珈琲はマンダリンではなくキリマンジャロ。
メンソールの煙草を吸っているところや、かつて自分と同じようにファッション雑誌で活躍していたモデルたちが、自分の旦那よりも稼いでいる男を見つけて結婚、今も現役モデルとして仕事をしているところを羨みながら、現在の境遇を振り返るところなどに、傑作「アンダー・ユア・ベッド」のヒロインの影を見てニンマリとするのもファンならではの愉しみかたでしょう。
また監禁されたいい女たちが、追いつめられるやいきなり「畜生!」とズベ公みたいな言葉遣いになるところもこれまた作者のヒロイン造詣としては御約束。本作に登場する女性では、五十代のオバさんというのが異彩を放っているんですけど、これは「いつかあなたは森に眠る」からの引用でしょうかねえ。
中盤まで飼育している女のエピソードを添えて悠然と流れていた物語は、主人公の元妻の登場によって不穏な空気が立ちこめてきます。この元妻は男との間にできた娘と一緒に二人で湘南に暮らしているんですけど、経営しているアジアン雑貨店は火の車。そんなときに金持ちの元旦那がアプローチしてきたものだから、もしかしたらあいつ、私とよりを戻したいのカモ、なんてホクホク顏でデートの約束を取り付けたのが運の尽き、女は元旦那の餌食となって、房総の監禁部屋に新たなコレクションとして加えられることに。
母親が失踪ということで、監禁アジトとは別の家で娘と暮らすことになった主人公だったが、監禁女の一人がとある計略を企てていて、……というところで一気にカタルシス溢れる展開になるかと思いきや、最後のエピローグで再び惡魔主義へと回歸するダウナーな結末がこれまた素晴らしい。やはり大石センセの作品はこうでなくちゃいけませんよ。
惡魔的な忍び笑いが響き渡るなか、破滅の豫兆を感じさせる幕引きとともに物語は集束するのですが、このあとの作者のあとがきはファン必讀。本作の美しい餘韻に浸りつつ、大石センセが心の中のダークネスを吐露した文章から過去作のあれやこれやを回想するというのもまたマニアならではの愉しみでしょう。
作者の作品にのめりこめない普通の本讀みには、まったくのワンパターンという印象しか残らないであろう本作、それでも女を拉致監禁というベタにして古典的な主題に眞っ向から挑んでみせた物語は、作者の作風が湘南から房総へと舞台を移したことで新たな段階へと向かおうとしているのでないかという雰圍氣を漂わせています。
この微妙な變化については、皆さん自らの目で確かめていただければと思いますよ。ファンにはマストながら、作者の入門には向かないかもしれません。過去作を讀みとおしていた方が数倍愉しめると思います。