思うところあって、新本格の作品も含めた横溝正史系のそれらしい作品を讀みまくっているんですけど、本作もそんな中の一册。
もっとも本作を講談社文庫で讀んだのはもうずっと昔の話でありまして、今回角川版を手に取るにあたっても内容の方はスッカリ忘れおりまして、上巻を讀了した後もそれ以降の展開がまったく思い出せなかったというのは如何なものか(爆)。
探偵伊集院の推理が始まるに至ってようやくこの事件の壯絶な動機と仕掛けを思い出したんですけど、連城作品のほとんどを讀み盡くした今、あらためてこの作品に目を通してみるに、この異樣にして逆説的な動機と事件の真相は連城氏の小説にも通じるように思うのですか如何でしょう。というか、本作は前半があの「幻影城」に連載されたという經緯を見ても、この共通して感じられる雰圍氣こそが幻影城の風格なのカモと思った次第ですよ。
物語は長唄の家元の屋敷で、女弟子がまず殺されるというものなんですけど、もうノッケから二人の少年の熱烈な接吻シーンから始まるところが栗本ワールドといいますか、「睫毛が濃くて」「纖細な目鼻立ち」をした色白少年を受とし、「暗い想念に不滿と反抗心をかきたてらているような」ワイルドボーイを攻に据えたエロシーンの中で、とある女に對する呪詛の言葉を吐き捨てるように呟く二人の會話が俄然雰圍氣を盛り上げます。
で、ネクラマニアの男性諸氏にとっては一向に盛り上がれない色白とワル男の攻受をまじえたエロ描写のあと、事件は唐突に發生します。本作は正史と違って、ド田舍の殺人事件という譯ではなくて、町ン中に事件の現場となるお屋敷があるというのがミソでして、時折さらりと描かれる屋敷の周囲のいかにも普通の情景が、邸内の人間模樣の異樣さをよりいっそう際だたせているところがまた見事。
女弟子がアッという間に殺されて警察が駆け付けるものの、すぐさま現場の捜索が行われる譯ではありません。本作では詳細な現場検証はひとまずおいて、まずは家元のスケベ親父を交えた邸内の爛れた人間模樣を警部補が探っていくという趣向です。しかし何しろ家元という世間の常識が通用しない異樣な世界での出来事ゆえ一筋繩ではいきません。
受と攻の少年二人を始めとして、受けボーイの多淫姉、そして同じくその母親の魔性女、さらにはこの二人の女に惚れまくられるモテモテのゲス野郎と、色恋沙汰に縺れまくった住人たちの人間關係が徐々に語られていくのですが、その中でも受け攻めを交えた少年愛と溺愛母さんの執着ぶりは凄まじく、事件の概要説明もそっちのけでこれらの激しすぎる愛が饒舌に語られる前半は、この作品がミステリであることを忘れてしまうくらいです。
腹に一物ありそうな連中が脳内妄想を饒舌に語り終えると、次には息抜きとばかりに色白少年と野生ボーイの濡れ場が挿入されるというフォーマットに則った展開は、腐女子への細やかな氣配りも感じられて好感度大、……とはいいつつ、二人の少年が胸元をまさぐり熱っぽくフレンチキスを繰り返す場面をデレデレと見せつけられても、島田御大の描き出す被虐エロにはグフグフと昂奮してしまうネクラマニアにとっては当惑至極、このあたりはさらりと流して邸内の人間模樣に意識を集中させるのが吉でしょう。
物語は基本的に事件を捜査する側の警部補の視點で進み、そこへ時折事件の渦中にいる人物たちの独白も絡めて展開されるのですが、この件の警部補が本妻の釀し出す魔性っぷりにベタ惚れで、讀者に事件の事實を物語る役回りでありながら、真相のド眞ん中にいそうな本妻にデレデレでは、その独白も信用出來る筈がありません、よねえ。
で、そんな次第ですから、そもそもこの警部補も事件の前半部で既にこの異樣な事件を解決するのは自分のような警察なんかじゃなくて、探偵小説に登場するような名探偵に違いないッ、なんて嘯くていたらく。
ほどなくしてその期待に応えるように名探偵が登場するのですが、これがさだまさしにクリソツの、いかにも冴えない風采をした好青年。そしてこの名探偵となる伊集院大介たるや、第一の殺人が發生した時點で、まだまだ人が死ぬ、なんて予言をするから穩やかじゃない。
実際その探偵の言葉通りに、邸内の人間關係を俯瞰すれば當然殺されてしかるべき人間が死なずに、またまた脇役がダイイングメッセージを殘して殺されます。この前半に發生した二つの殺人事件の真相も・拙めぬまま、いよいよ事件は大演奏會の當日に到ってクライマックスを迎える、……という話。
犯人の動機と、その背後に隱された真意の捻れっぷりや異樣さが探偵の口から明かされる瞬間、前半部で執拗に描かれた愛憎描寫の意味がまったく違った意味を持ってくるという転倒が素晴らしい。
そして犯人の性格を体現した事件の犯行方法と、そこから浮かび上がる、語られることのなかった人間關係が、事件の実相を明らかにする推理の見事さ。前半の、本格ミステリからは大きく乖離したようにも見えた登場人物の内的独白の繰り返しと、そこでは決して語られず、そのことを讀者の目から逸らして魅せる手際の良さが光っています。
恋愛小説めいた風格の裏に隱されていた、作者のミステリとしての仕掛けが開陳される推理の部分は壯絶。人間關係と動機の必然性、そしてその異樣さを際だたせた物語の結構はまさに秀逸で、一級品の重厚さを釀し出しています。そして家元という特殊な人間關係の濃密さと、そこから瘴気の如く立ち上る愛憎の怪異な樣相は、當に正史的といえるのではないでしょうかねえ。
新本格以降の正史系の作品と比較すると、緊張感を孕みながらもどこか時間が悠然と流れているように感じられるのは、前半の愛憎關係に的を絞った描寫ゆえか、作者萌えまくり筆に力が入りまくりの、少年接吻受け攻めまさぐりキスしまくりの場面が無闇に浮きまくっているのがアレなものの、本格ミステリとして見れば、語られるべきである點が巧みに隱蔽されているという構造に、最近讀了した有栖川有栖の「乱鴉の島」を思い浮かべてしまった次第です。