通俗會話オンリー、超絶展開満載。
以前取り上げた蒼井上鷹氏の傑作短篇集「九杯目には早すぎる」を讀んだ時にフと思い浮かべたのが、連城氏の諸作品と本作「どんでん返し」でありまして、全編これ地の文なしの會話だけという特異な構成ながら、その仕掛けの凝りようが何処か蒼井氏のショートショートの凝りまくった風格にも通じるものがあるのではと思ったりするのですが如何。
収録作は、下着の上にコートというマニアっぽい恰好で真夜中に訪ねてきた元カノの目的を推理しつつ、最後にそれが鮮やかな變轉を見せる「影の訪問者」、蟒蛇女だった妻が犯した過去の犯罪から意外な眞相が明らかにされる「酒乱」、逆玉を狙ったワル男が恋人に心中を持ちかけるものの、それが思わぬ展開となる「霧」、弁護士エリートボーイとダメ親父がとある事件を語りながら、トンデモない事實が明かされる「父子の対話」、浮気相手に夫を殺させた女の完全犯罪の崩壞を描く「演技者」、變人教授が殘したダイイングメッセージに奇天烈な推理が炸裂する「皮肉紳士」の全六編。
「影の訪問者」は、真夜中に突然元カノが訪ねてくるんですけど、よく見ると彼女は何故か下着の上にコートだけという際どい恰好で、部屋に招き入れても頑なに上着を脱ごうとしない。話を聞いていると、どうやら男の方はこの女にフラれたという過去があるらしい。
で、彼女はこの男と付き合っていたというのに、パイロットで背が高いイケメンボーイにベタ惚れてしまい、今目の前にいる普通男を捨ててそのパイロットとの關係をスタート、しかしこの美男子ときたら筋金入りのドンファンで、またまた新しい女を拵えて今度は彼女の方が捨てられてしまったという。
そんな四角關係をほのめかしながら會話が進んでいくのですけど、ここで男は女のアヤしい恰好から、彼女はイケメンパイロットをたった今殺してきたばかりなんだろうと推理、彼女を糾弾するものの、それが思わぬ展開を見せて、……という話。
ホームズばりに目の前にいる元カノの恰好から殺人を暴き立てていく男ではありましたが、マンションの外を救急車が通り過ぎていったのをきっかけに男の推理が悉く崩壞していくという變轉が素晴らしい。果たして女の身には何があったのか、そして殺人は本當にあったのか、あったとすればその犯人は、……。
續く「酒乱」は、老人夫婦が晩酌をしながらの、まったりした會話から始まるものの、二十年前に妻が酒に醉って男を殺したと告白するところから物語は一轉、通俗小説めいたほのぼのムードはミステリの雰圍氣へと變わっていきます。
何でもこの妻、その昔はとんでもない蟒蛇で、醉っぱらうともう、見境もなく乱暴になるという酒癖の惡さからして始末に負えなかったという。で、そんな醉った彼女はある時、夫の從兄弟をアイロンで滅多打ちにして殺してしまったものの、その時の記憶はすっかり飛んでいたということから、事件は過失にて決着、以後妻は酒を断っていたというのだが、……。
いかにも枯れた會話の要所要所に微妙な緊張感を孕みながら進んでいく展開が見事で、最後に事件の真相が明かされるものの、それが再び冒頭の和氣藹々ムードへと終息していくという幕引きも完璧。後半に現れる眞相からのどんでん返しも素晴らしいんですけど、個人的には老夫婦の人生の機微を際だたせながらもサスペンスを交えて淡々と進められる構成がいい。傑作でしょう。
「霧」は妻がいるのに、社長の娘を孕ませてしまったダメ男が、この社長娘から執拗に結婚を迫られてしまう。妻とは離婚も出來ないし、こうなったらもう妻を殺すしかないと男は思っているみたいなんですけど、その殺意もめざとい妻にはバッチリ氣取られてしまっているから情けない。
妻には、あなた、私を殺そうとしているんでしょ、なんていわれて言葉を失ってしまう男ではありましたが、今度は作戰を変更して一緒に心中しよう、なんてかんじで妻を誑かそうとするものの、そうは問屋が卸さない。こういう丁々發止のやりとりでは女の方が一枚も二枚も上手というのが笹沢ワールドの大法則ですからねえ。
男は艶っぽいムードで妻を盛り上げてどうにか心中の約束をとりつけると、「佐知子……」「何をするのよ」「なぜだか、わからない。急に欲しくなったんだ」なんてかんじで久方ぶりに妻への愛情を見せつけようと死に物狂い、「私が女だから、そうしたいのね。女であれば誰でもいいんでしょう」と強情な妻もそこはやはり笹沢世界の住人でありますから、あとは期待通りの展開ですよ。ただエロシーンは地の文がないぶん、妙に間が抜けたように感じてしまうのはご愛敬、ですかねえ。やがて二人は群馬縣の榛名山で約束通り心中を果たそうとするのだが、……ってこのまま終わる筈がありません。
これまた期待通りに、この勝負には男が完敗してしまうんですけど、その後の女の独白が強烈。鮮やかなどんでん返しで終わる上質のミステリが、浮氣者のモテモテボーイにとっては、トンデモない恐怖小説へと轉じてしまうという幕引きが素晴らしい逸品でしょう。
「皮肉紳士」は人生これすべてシニカルを信條に生きていた變人教授が「死者バテた!」なんて珍妙なメモ書きを殘して死んでしまう。警察はかつて難解な事件を解決してみせた大学教授の智慧を借りようと彼の元を訪れるのですが、生憎先生はこれから海外に出掛ける御樣子。
せめて成田までの車の中で先生の推理をお聞かせいただければ、なんてかんじで乗りこんだ警察と教授の會話が展開される譯ですが、シニカル教授の手の内を探りながら犯人の行動を推理をしていくというアイディアが秀逸。個人的には本筋とはまったく關係ない脱力ユーモアのオチが好みですよ。
「父子の会話」は周囲からもチヤホヤされて天狗になっている辣腕弁護士の息子と父の会話で話が進むのですけど、過去、娘と母親を火事で死なせてしまった父親をこの弁護士息子は憎んでいる。
で、この過去の事件を絡めつつ、二人の会話は息子が担当を躊躇しているとある事件の謎解きへと向かっていく譯ですが、この事件と過去の事件の意外な関連が最後に明らかにされるという趣向です。トンデモない眞相を知ってしまったエリート息子が八方ふさがりになって悲鳴をあげる一方、息子から絶縁宣言を下された父親が端然としているという対比が面白い。
「演技者」はプロボクサーと不倫している美人女優が、強盗に見せかけて旦那を殺そうと完全犯罪を企てます。完璧なアリバイを仕立てて、コロシの実行はボクサーが担当、マンマと旦那を殺し果せたものの、警察が訪ねてきて、……と普通であれば倒叙ものらしく、実行犯のボクサーが些細なヘマをしでかし、それが元で犯行が暴かれるという展開かと思いきや、これまた意外なオチで終わります。なるほど、こういうおとし方もあったか、と感心してしまいましたよ。
個人的には前半の二編、「影の訪問者」と「酒乱」が印象に残りましたねえ。特に「酒乱」は老人夫婦のほのぼのムードたっぷりの会話から繰り出される過去の事件がサスペンスフルに暴かれていくところと、この老夫婦だったらこれ以外にありえないという洒落た結末で締めくくるところも含めて構成な完璧。全編会話体という特異な結構を持ちながらも、物語としての吸引力も十二分という風格が凡百のミステリとは違うところでしょうかねえ。
連城氏のような人工的な美しさには缺けるものの、自然な会話の中から立ち上ってくる仕掛けとどんでん返しはそれだけで魅力的。面白いくらいにスラスラと讀めてしまうので、ミステリの仕掛けに純粋に驚いてみたいという方におすすめしたいと思います。