紅司、大喜び。
「台湾ミステリを知る」第十五回となる今回は、これまた前回同様、明日便利書からリリースされた第四回人狼城推理文學奨の受賞作より、張博鈞氏の「火之闇之謎之闇之火」を紹介したいと思います。
まずもってタイトルからして完全に意味不明なのに相反して、林斯諺氏にも似た叙情性溢れる文章によって描かれる犯罪は、本格ミステリには大定番の密室殺人。物語の結構に大きなヒネリはないもの、後半の錯綜を極めた推理が愉しめる作品です。
一讀して、その美しい文体の雰圍氣からどうしても林斯諺氏と比較してみたくなってしまうんですけど、実をいうと二人の風格は大きく異なり、林斯諺がクイーン、都筑道夫、石持浅海といったロジック派に屬する作風に對して、こちらは奇天烈な機械トリックで讀者を唖然とさせるというもので、似ている作家を挙げるとすれば日本では柄刀一氏あたりが近いのでは、と思うのですか如何でしょう。
さらにいえば推理の手法でも二人の個性が際だっていて、錯綜を極め乍らも現場の手懸かりのひとつひとつに精緻な検証を施していき、最後は見事な消去法で犯人とその犯行方法を論理的に指摘していく林斯諺に對して、作者の張博鈞は仕掛けに繋がる手懸かりを明かしてみせ、そこから犯人を指摘していくという、いうなればトリック派。
本作で展開される事件は、アトリエの一室のド眞ん中で、母親と息子が全身をグルグル巻きに縛られた状態のまま絞殺、部屋には放火をされた痕跡もあって、さらには二百万圓という大金が盗まれている樣子。
窓という窓には鍵が閉められてい、建物の扉の前には車が停めてあったという密室状態から、果たして犯人はいかにしてこの現場から立ち去ったのか、また何故犯人は犯行を終えたあと放火を行う必要があったのか、叉その方法は、というところが事件のキモ。
この母親というのがかなりのキ印で、息子の交際相手にもグタグタと口出しする子離れの出來ていない偏執女。息子といい關係になっていた彼女にもブチ切れるという有樣で、この倒錯した親子關係や親戚縁者が女の過去を語り出す前半部は正直ちょっと退屈、なんですけど、これが中盤を過ぎると物語は一氣に加速します。
アトリエで働いていた語り手の私も含めて、警察はここの從業員が犯人に違いないと睨んでいる。で、語り手とその同僚は警察が現場検証を終えて立ち去ったところに踏み込んで、いくつかの手懸かりを見つけます。そこから開陳される機械トリックと假説が惜しげもなく捨てられていくところは相當にゴージャス。
フーダニットも勿論なんですけど、本作の場合、犯人が窓に鍵をかけ、扉の前には車をおいてまで現場を密室状態にしようとしたその理由、さらには何故殺してから火を放ったのか、その二つのハウダニットがキモでありまして、後者の放火に關しては、鼠が電線を食いちぎってショートしたんじゃないかなア、なんて途中で暢氣な推理も開陳されるものの、そちらはあっさりと捨てられて、以後、同僚がブチ挙げたとある機械トリックをネタに、語り手の推理が進められていきます。
で、最後の最後にその吃驚トリックが明かされるんですけど、こ、これはあの歴史的傑作で使われたあれじゃないですかッ。これ讀んで、恐らくは紅司も草葉の陰で真っ赤な唇を歪めながらニヤニヤ笑っていることでしょう、ってまさか台湾で凶鳥の黒影を見ることが出來るとは。
しかし、実をいえばこのトリック、法醫學的に見るとどうなんでしょうねえ。ちょっと疑問ですよ。以下ネタバレになってしまうんですけど、まずキ印女とその息子のいずれも絞殺だった譯ですけど、このトリックを使ったとすると、死体の頭部が焼かれていたとはいえ、それが絞殺死体であると解剖で判明した事実を鑑みれば、二つの死体の索条痕が異なることもまた解剖の結果から容易に分かってしまうのではないでしょうかねえ。だとすると、このトリックは案外簡単に見破られてしまうような氣がするんですけど、まあ、このあたりは藍霄氏に聞いてみたいところですよ。
で、本作の内容そのものとはまったく關係ない話になってしまうんですけど、作者の張博鈞氏、これが岡田准一を髣髴とさせる超絶イケメンボーイでして、若干二十三歳にして、職業はデザイン關係、さらにミステリの才能に恵まれてハンサムと、おそらくは自分のようなネクラのキワモノマニアの宿敵であるモテモテ君であることは確実、……とまあ、ここでネチネチと嫉妬の言葉を吐き散らしても自分が暗くなるばかりなのでやめておきますけど、作者のブログで垣間見えるナルシストぶりもまた素晴らしく、これは人氣出るんじゃないかなあ、と思ってしまうのでありました。
本作を讀んだ限りでは、奇想を凝らした機械トリックで讀者の度肝を拔くという、島田御大、柄刀一の系譜に連なる本格ミステリの作家に見えるものの、この敍情性溢れる美しい文体で描かれる物語が今後どのような方向に向かっていくかはまだまだ未知數、といったところでしょうか。
個人的には紅司大喜びのこの奇想トリックを現出させた風格だけで大滿足。これまた寵物先生と同樣、次作でどんな作品を繰り出してくるか、大いに期待したいところですよ。