ネタとしてはかなり奇拔で、この物語の為に構築されたこの世界だからこそ可能だった犯行であるところが斬新なのはその通り。しかし今讀むとやはり第二部は冗長だし、もっと切りつめて短く纏めた方が良かったのでは、と思ってしまいました。
……などと書いても本作のあらすじを知らない人には何のことやらサッパリでしょうから、とりあえず簡単に説明致しますと、本作は大きく三部に分かれておりまして、第一部「妖魔の森」は、恵と保理の二人が異國のような不可思議な森のなかに迷い込んでしまったところから始まります。
二人はやがて洋館の中へと入り、そこで二次元生物の研究をしているという博士のいわれるまま、三次元物体二次元変換器なるもので、漫畫の世界へと放り込まれてしまいます。
既にこの設定からして、完全に普通のミステリからは解離してしまっています。今だったら山口雅也の「生ける屍の死」や西澤保彦の諸作などをはじめとした新本格の傑作もあって、まず仕掛けを成立させる為の舞台設定から構築して、そこから物語を進めていくという作風も普通に受け入れられている譯ですが、本作が乱歩賞の最終候補作になったのは、八十二年。斬新であったと同時に、この仕掛けを目の當たりにした選考委員はさぞかし目を丸くしたことでしょう。
そして第二部「幻想異次元夢譚」は一転して、高沢のりこの畫になる「ローウェル城の密室」という少女漫畫の中に入り込んでしまった惠と保理の冒險譚ということになるのですが、これがまた妙にヌルくて冗長なんですよ。
最初からしてこの城の描写が延々と続き、やれ婚約者がどうの決闘がどうのと、物語世界の描写がいたずらに長くて途中で飽きてしまいます。實際、乱歩賞の選考でもこの部分が長すぎるということがマイナス要因となって受賞を逃してしまったいきさつがあるようなのですけど納得です。このあたりがこなれていないというか勿体ないんですよねえ。
實際にタイトルにもある密室が登場するのは、そんな譯で物語もようやく半ばを過ぎたあたりです。完全に内部から密閉され、鍵がかかっていただけではなく、扉の外には二人の番人が見張っていたという状況ではどう考えても犯人の部屋への侵入は不可能。そんななかで犯人はいかにして犯行を爲し遂げたのか、というところが本作の一番の謎な譯ですが、この仕掛けがもうトンデモないものなんですよ。
第一部で述べられていた物語の舞台設定とメタな趣向を活かしたトリックなのですが、インパクトは確かに強烈。しかし冷静に見てみれば、バカミスすれすれの眞相ですよねえこれって。
既に第二部の終盤で、星の君という探偵が登場し、密室談議を披露したあと犯行を指摘するのですけど、上に書いたような眞相が明かされるのは、惠と保理の二人がこの漫畫の世界から現実の世界へと歸還したあとの第三部「謎、混乱、解明、そして終末」においてです。
このバカな仕掛けが明らかにされたあと、再び犯行が行われる直前が描かれていた第二部へと戻ってみると、なるほど、伏線という譯ではないんですけど、ヒントはきちんと明かされているんですよねえ。だからといってここから眞相を見拔くことが出來るかっていうとまず無理でしょう。
衝撃は強烈ですが、それ故に受け入れられない人はもう絶對に認めることが出來ないという作品になってしまいました。自分はこういうキワモノはまったく問題ないんですけど、本作を手放しで傑作といえないのは、ひとえにこの第二部の冗長さがあるからで、これがもう少し短く纏まっていれば、とまあそればかりを考えてしまいます。この仕掛けだけで歴史に残る作品となり得た譯ですが、構成やディテールをはしょって、一発ネタだけで勝負したのでは、バカミスの一言で片づけられてしまいます。
大推薦、という譯にはいきませんが、歴史的な問題作という點では讀んでおいても損はないと思います。