泡坂妻夫のミステリの中でもレアものという點では隨一の本作、ミステリとしての仕掛けは薄い乍ら、あらすじにもある通り、「謎あり、恋あり、決め技あり、そしてどんでん返し」ありとなかなか愉しめる作品です。
何より主人公の織口哲が柔術の達人という設定がいい。更には柔道の隆盛にあって廢れつつある柔術をひっさげ、敢えて近代柔道のシマに乘り込んで復讐を果たすというのですから、何というか劇畫のような展開なんですよ。
更にはこの主人公が繼承した八星流柔術には祕傳の必殺技があります。その技の名は本作のタイトルにもなっている「旋風」といい、投げられながら逆技を仕掛けて相手の兩肩の関節を破壞し、更には背中への當身によって死に至らしめるというのですから、「秘伝」讀者の自分としては、主人公の八面六臂の活躍に期待してしまう、……のですけど、実のところ、本作はあくまで「幻影城」出身にして江戸情緒の職人の人情機微を描くに巧みな泡坂妻夫の作品でありますから、夢枕貘のような作風を求めてはいけません。更には柔道對柔術というと三倉佳境の傑作「関節王」を髣髴とさせるのですが、あれほど濃厚な武術風味がある譯ではありませんので惡しからず。
物語の最後の最後に用意されている惡との對訣場面で初めてこの必殺技が披露されるのですけど、思いのほかアッサリと描かれていてちょっと物足りないです。奇矯なオノマトペを驅使して對峙する二匹の野獸の緊張を活描してみせる夢枕貘風味は皆無でして、旋風の描写も「餓狼伝」(夢枕獏・板垣恵介)の虎王とは大違い。
とはいえ、谷底に突き落とされながらも九死に一生を得た主人公が目を覚ましたところで、地元の妙チキリンな男に出會う冒頭から、眞相を突き止めて「復讐はこの五体で行う」と決心するところや、いかにも昔の劇畫ふうの展開など、解説にもある通り、泡坂版「姿三四郎」というのがふさわしい作品に仕上がっています。
流派の後繼者に絡んだ主人公の出生の秘密が物語の謎を引き立てているところなどはその通りなのですが、これと關連して、本作には「禁断の愛」という大きな主題がありまして、ここから本作を「斜光」などともに作者の「愛のミステリ」シリーズの一編であると考えることも出來るでしょう。
「東京へ行って八星流柔術を復興させよ」と師匠から命を受けた哲は、鹿児島から單身東京へと乗りこんでいきます。彼の父親は東京で交通事故に遭って亡くなっており、ここにも彼の出生にまつわる秘密が影を落としているのですが、これが明らかになっていくのは物語の後半。
男に助けられた哲は、ここで裏のヒロインともいうべき男の娘、采子と知り合います。彼女と別れた哲は再び東京に戻って、自分を殺そうとしたのは何者なのか、それを探ろうとするのですが、物語はここから過去の回想へと遡ります。果たして哲を殺そうとしたのは誰なのか。
縁者の道場で知り合った英樹や楓、奈澪といった、物語の脇を固める登場人物の造形もいい。采子の調査もあって、主人公の出生の秘密が明らかにされ、ここで自分を殺そうとした犯人の目星もつくのですが、ここへ意外などんでん返しがあるあたりは作者らしいといえるでしょう。
しかしこの哀しい眞相と、最後の主人公の決意、さらには作者には珍しい絶望的な幕引きがちょっとイヤーな感じなのが若干マイナスなんですけど、テンポの良い展開には俄然引き込まれます。ミステリ味は薄い乍ら、昔の劇畫チックな展開が愉しい佳作。作者のファンだったらこういったレアものもチェックしておきたいものですよねえ。