笑うしかない怪作。ミステリというよりは殆どホラーと呼んだ方がいいんじゃないかと思えるほどの、人間の邪悪と悪意と愚かさを煮詰めた暗黒劇場の激しさにはもう完全にノックアウト。複数の語り手による告白によって事件の眞相を上書きしながら、それぞれの暗い心の内を明らかにしていくという結構がまず秀逸で、冒頭のいうなれば全ての事件の引き金となる女教師の告白からしてそのイヤっぷりはレブリミット。
牛乳を飲んで元気になろう、からヤンキー先生の泣ける逸話へと話が流れて、いよいよジャケ帶にもある通りに女教師の、自分の娘はこのクラスの生徒に殺されたという告白が始まっていくのですけども、前半の巧みに張られた伏線がイヤっぽい澱みを釀しだしているところも素晴らしく、最後のブラックなオチへと彈けていく結構も含めて、この第一章にギッシリと描かれた邪悪さだけでも相当なもの。なのに、物語はここから件の愛娘殺しの關係者の物語を同級生や家族を語り手にして展開させていくことで、人間の悪意と邪悪が拡散していくさまをネチっこく描いていきます。
悪意、邪悪というのが本作全体の風格のまず第一に挙げるべきものながら、それにも負けずに裏テーマとして描かれているのが人間の愚かさでありまして、登場人物の中で一番のワルは誰かな? というあたりでは讀者の中でも意見が分かれるのではと推察される一方、では一番のバカは誰かというと、恐らくは殆どの方がこの第二章に登場する熱血教師の愚か者、ウェルテルの名前を挙げるのではないでしょうか。
件の事件の女教師の悪意溢れる復讐をきっかけに登校拒否になってしまった生徒に對して熱血ぶりを発揮するこのバカ教師のことを淡々と語っていく美月タンに萌えるのもよし、またこのバカ教師に追いつめられていく生徒を生暖かく見守るもよし、さらには女教師が撒いた惡の種子がいよいよ発芽して教室がトンデモないことになっていく樣子にホラーっぽい怖さを感じるも吉、と、樣々な讀みが愉しめるところも素晴らしく、また件の愛娘殺しの眞相に微妙な變化を添えつつも、物語の力点を愛娘殺しの事件におくことなく、件の事件を悪意の引き金として扱った結構も盤石です。
エリート意識の強すぎる天才バカに最初はざまあみさらせと思っていたら、それが予想外の方向へと轉がっていくところに驚きつつ、とんでもないカタストロフへと着地させてそれを次の章へと繋げていく構成もまた見事。
第三章に登場するオロカモノの母親もなかなかいい味を出していて、こいつ蒲生雅子の親戚じゃねえの、と思わせる強烈なキャラもいい。このあたりではもう本作のブラックに過ぎる味付けにもかなり慣れてきてニヤニヤと愉しめてしまったのですけど、第四章で描かれる無能君にはやや同情してしまいましたよ。
本作では各人それぞれの思いが微妙にずれていたことをきっかけに樣々な悲劇が起こっていくのですけど、第四章に描かれる無能ボーイの、無能であるがゆえ執拗に「勝ち」へと拘るその愚鈍なキャラは悲劇的。最後の結末もブラックというよりは本作中、悲哀さえ感じさせるものへと仕上がっています。
第五章からは眞打ち登場、とばかりに件の天才ボーイの邪悪な告白が語られていくのですけど、個人的には美月タンに対するこいつの気持ちに殺意を抱いてしまった自分にちょっと鬱になりつつ(苦笑)、エセ熱血教師のウェルテルも相当にアレだけど、結局一番のバカはこいつカモ、と感じてしまうラブレターにはかなりゲンナリしてしまいました。まあ、それだけ強度のリアリティを持たせたキャラ立ちは素晴らしいということです。
そして最後の痛快な(?)結末へと雪崩れ込んでいくのですけど、このブラックに過ぎるオチでハジけるような本作が、「泣ける」「癒し」小説の氾濫する今においてベストセラーになってしまうという奇蹟。勿論それにはテレビで取り上げられたということもあるでしょうし、何よりも「牛乳が飮めなくなった」という相当に問題アリな發言や、「暗闇の中のコースター」という、妙にコミカルなシーンをイメージしてしまう惹句も交えて本作を盛り上げていこうとする書店員様の販促活動も大きいのではないかと推察されるものの、フツーであればキワモノとしか認定されない本作は果たして「泣ける」「癒し」小説ばかりが賣れまくる世の中の風潮に風穴を開けることになるのか否か、――ベストセラーということで今まで讀むのを躊躇していたのですけども、キワモノマニアであれば今年最大の収穫だと思わせる本作、讀まないのは絶対に損だと思います。オススメ、でしょう。