奇怪な電波を受信したキ印爺のヒトラーから「赤い顏の敵を殺すベシ」とのむちゃくちゃアバウトな命を受けた親衞隊の信者はその任務を遂行すべく行動を開始、一方、スパイ前科のあるらしい年上の姐さんにエロっぽい気持ちを抱いているボーイは父の殺される情景を幻視する。果たして親衞隊野郎とボーイとが運命の邂逅を果たすに至り、――という話。
サスペンス・タッチが濃厚ながら、「神話獣」という題名に絡めてナチスのオカルト趣味がふんだんに盛り込まれた物語は、ヒトラーの電波とボーイの幻視を交錯させることで前半から中盤までの展開にも幻想的な風格を添えています。
年上の姐さんの艶っぽい雰囲気にどうしてもエロいことを考えてしまいつつも、その淡い戀心が後半にはボーイの成長譚へと流れていく結構もステキなのですけど、この物語のもう一人の主人公とでもいうべき親衞隊野郎の受難には終始ダウナーな雰囲気が漂っているところが個人的にはツボでした。
ヒトラー自身もハッキリと分かっていない「赤い顏の敵」とかいうのを直觀で見つけろ、などとどう考えても無理な注文を請け負うことになった件の男が運命に翻弄されていく様を敗色濃厚なナチスの命運と対照させつつ、中盤以降、ヒトラーがご臨終となってからもその呪いから逃れられずに赤い顏の敵を探して奔走する男の狂氣が恐ろしい。
本作は寧ろ、ヒトラーが死んでから狂氣の幻覚を親衞隊の男が継承するかたちで異樣な行動力を示していく中盤以降の展開がキモで、少年と親衞隊男が最後にはランデブーしてドンパチが始まるんだろうなア、と予定調和なノリを予想していると、……まあ、実際その通りに流れていくのですけど、それまでのハラハラした起承轉結の中に、親衞隊男以上にナチスの狂氣に呪縛されたボーイや、人種差別の裏返しでマゾ嗜好を滿足させているM男など、秀逸な脇役を配した結構も盤石です。
親衞隊男の數奇な運命が最惡の最期へと収斂していくのかと期待していると、そんな展開をある意味痛快に裏切った幕引きにはやや吃驚、後半に至って始めて明らかにされていく人種差別や日本という國に焦點を絞ったテーマが明かされていく構成と、それが最後に神話獣というタイトルに隠された意味を明からにする結末も面白い。
本格ミステリ的な技巧を驅使した作品ではないとはいえ、この人種と國に絡めた件の戦争の流れを伏線にして、神話獣の姿形にその後の運命とを重ね合わせたエピローグもいい。ちょっと調べたらこの作品、文庫では「マールスドルフ城1945」というふうに改題されているようなのですけども、後半のマールスドルフ城でのお話はそれほどでもないゆえ、やはり神話獣のタイトルの方がラストの驚きを暗示していて秀逸だと思うのですけど、何故にタイトルを變えるに到ったのか興味のあるところです。