大明神渾身の第三作。結論から言うと、病的なクズミスマニアの期待を決して裏切らない出來映えでありました。要するにクダらないってことです。
ちなみに講談社ノベルズのサイトでの担当者氏のコメントに曰く、
毎度物議をかもすメフィスト賞作家・汀こるもの氏が「サワヤカラブストーリー」を目指して執筆したらスゴイことになってしまいました。ぜひお読みください!!
そもそもが「物議をかもす」というのは、「世間の議論を引き起こす」という意味であって、議論となれば贊成反対と樣々な意見があるべきかと推察されるものの、こと前作「まごころを、君に THANATOS」に關して言えば、議論どころかあの作品はクズミスであるという意見が大勢のような氣がするのはまア、自分の勝手な思いこみだとして、――ここで注目するべきは「サワヤカラブストーリー」という言葉でしょう。
またジャケ帶には「ラブ&ホラー」という惹句もあって、このあたりからも担当編集者氏の「この作品はミステリじゃないんだからッ。ミステリじゃないってことはクズミスでもないんだからッッ」という心の内なる叫びがビンビンに伝わってくるゆえ、こちらとしてもあんまりミステリとして構えずに讀んでみることにしました。
とはいえ、では惹句通りに本作はラブストーリーでミステリ的な要素はナッシングなのかというとそうでもなくて、一応、後半に人死にはあるし、徘徊する怪しいストーカーだの、お魚盜難事件など、それらしいハプニングも発生して、それらしい謎を釀しだしているところから、完全にミステリを捨て切れていない迷いが感じられることもまた事實。
今回の主人公は件のアンポンタンな双子というよりは、この双子のお屋敷にバイトで魚の世話を請け負うことになった娘っ子。で、彼女はイケメン男性にホの字になるものの、怪しいストーカーが彼女の樣子を観察しているわ、お魚は盜まれるわともう大變、……とフツーはこの文章をここで纏める筈なんですけど、本作ではマッタク大變な事態には至らずに、大明神の小説らしくお魚の蘊蓄を添えながらダラダラと物語が展開されていくところは悪い意味で期待通り。
ただ前作に比較するとお魚の蘊蓄は控えめで、さらには改行も含めて文章が非常に讀みやすくなっているという變化には驚きで、讀了後、そのクズミスぶりに苦笑いこそすれ、不思議と怒りがこみ上げてこないのは、そうした本作の風格に歸因するところが大きいような氣がします。
物語がダラダラと進むところは確かに大明神の小説では定番といえるものながら、處女作ではそれらしく事件も発生してミステリらしい結構で讀ませてくれたのに比較すると、前作ではお魚の蘊蓄を盛り込み過ぎた結果として事件も脱力、推理も脱力、眞相も脱力という黄金のクズミス三角形を形成してしまった反省からか、本作ではミステリらしい事件も後半、さしみのツマ程度に添えるだけで、物語の大半はネクラなヒロインのモジモジぶりとタナトスとの薄ら寒いキャラを引き立てた脱力の會話でダラダラとシーンを垂れ流すばかりという、――ミステリとして以前に小説としてもいかがなものかという結構でクズミスらしさを引き立てているところは、病的なマニアからすれば好感度大。
そもそも謎の呈示というミステリとしてはもっともその作品の魅力の要となる部分が弱いゆえ、本作もまたクズミスらしさを充分に盛り上げている譯ですけども、しかしミステリから離れて見れば、こうした結構もまたアリかな、という氣もします。伏線も何もスッ飛ばしてイキナリ眞相が明かされるショッカー型の趣向はミステリではなく「ラブ&ホラー」だからこそ驚けるのカモしれません。
例えば本作ではこのタナトスシリーズならではのお約束に、谷崎や乱歩のアレを活かした眞相が後半、唐突に明かされるところがあって、ここでは素直に驚けたものの、……しかしフツーであれば、この眞相は人死にがあった後に実はあの事件はアレでしたア、という展開になるのがミステリとしてはごくごノーマルな結構でしょう。しかし本作ではこのあたりでも大明神は持ち前の破格さを発揮して、このネタが開陳された後、件のキャラたちが中二病的なイタさをひけらかして事件が発生、という流れへと持ち込みます。これではカタルシスも何もあったもんじゃありません。
またこの後に、これまたオマケみたいな「密室」事件が添えられていて、これもまた件の探偵は得意氣に傍点つきで推理を開陳してみせるものの、ネタとしてはかなりアレ、……というか、この被害者は物語の中でもキャラとしては激薄ゆえ、ここでも何でまた物語も後半になってこんなミステリ的な趣向をブチ込んでみせたのか、大明神の意図を圖りかねる構成と展開には苦笑するしかありません。
これらミステリ的な趣向を活かすべき人死ににまったく魅力が感じられないというのも、ひとえにキャラの書き込みが薄いゆえ、何だかベタ過ぎる逸話が語られてはいるものの、それらがキャラの内心と絡み合っていないところが問題でありまして、これが例えば道尾氏の「ラットマン」であれば、前半くどいくらに書き込みがされた怒濤の逸話が中盤からは高度な誤導の技法へと轉化する譯で、……って、そもそも道尾ミステリと大明神のクズミスを比較すること自体があまりに無謀なことに氣がついたのでこれくらいにしておきます。
それとこれはオマケなんですけど、今回の魚ネタに關しては、事前にこの作品を讀んでいてその魚の知識が頭の片隅に残っていたゆえ、お魚發見というこのシリーズならではの驚きどころを素直に愉しめなかったところもアレながら、この魚をミステリのネタとして活用するという技巧に關しても個人的にはやはりあの作品の方が上かなア、という氣がしました。
まあ、色々とダラダラ書き連ねてはみましたけど、前作に比較して非常に讀みやすくはなっていて、あッという間に終わってしまうゆえ、「とにかくもう暇で暇でネットしながら鼻でもホジくるくらいしかすることねーよ、コン畜生」みたいな病的な暇人で病的なマニアの方にのみ、オススメしたいと思います。本作ではお魚の蘊蓄を減量したゆえ、これがアクアライフの購讀者でこるもの小説「も」讀んでいるという大明神の信者にはどのように感じられるのか、興味のあるところです。