前作「ひねくれアイテム」はそのあまりの面白さにイッキ讀みしてしまい、チと勿体ないことをしてしまったので、今回は早く頁をめくりたい衝動を抑えつつ三日ほどかけてゆったりと讀みました。やはりこういう純度の高いショートショートの一冊はこういう讀み方をした方が讀後感もより心地良いような気がします。
本作の構成も「ひねくれアイテム」と同樣、「鍵穴迷宮」「新薬のおかげ」「浮人形」と三つのパートに分かれていて、例えば「新薬」ではそのタイトル通りに奇想のアイテムをオチに使った逸品を取りそろえ、「浮人形」のパートには何處かノスタルジックな雰囲気漂う作品を纏めたりというふうに各パートごとにカラーの統一が感じられる編集も秀逸です。
ホラー的なオチから敍情的な美しさの際だったものまで、ジャケ裏に「……ファンタジータイプやSFタイプ、怪談タイプなどの相当ひねくれた鍵でも、わたしどもの鍵穴には不思議とピタリとはまります」とある通りに、さまざまな物語が愉しめるとともに、それぞれのネタに仕掛けを凝らした巧みの技が堪能出來るのは期待通り。
個人的な好みはやはりオチが明らかになった後も独特の餘韻を残した物語で、例えば地下室に幽閉されている戀人の父親から聞かされたSF的な奇想が美しい旋律とともに敍情的な幕引きへと流れる「最終楽章」や「キネマの夜」でしょうか。
収録作中、一番グッときたのが「キネマの夜」で、コルタサルのようなマジック・レアリズムを彷彿とさせるスクリーンの向こう側とリアルのこちら側の境界を取り払った幻想譚がステキなラストへと流れる展開はもう完璧。このネタからしてキワモノマニアとしてはついついホラーのアレを思い出してしまうのですけど(苦笑)、そういうのはこの美しい物語には御法度でしょう。
幻想譚として最後の最後でオチを明かしてみせる定番の結構で見せてくれるのが、「老機関士の話」で、昔話にも通じるネタの転がし方へ語りに凝らした仕掛けを添えた物語。jq
魔法や魔術といったアイテムで美しい幻想を紡ぎ出してみせる「小さな僕の町」も三角にバミューダという駄洒落っぽいネタの端緒から懷かしささえ感じさせるオチに語りの枠組みを見事に凝らして見せた逸品でしょう。
ショートショートならではのブラックな幕引きを際だたせた逸品も勿論あって、そんな中では「ルシフェルのレストラン」がいい。タイトルからして何だか不穩な空気を釀しているのですけど、戀人がお互いにどのような魔法を願ったのかというのを当てっこするという流れから非常に甘いお話へと纏まるのかな、と思っていると急展開して一氣に黒い幕切れへと堕ちる結構が痛快です。
ブラックなオチとしては「ルシフェル」の逆となる「花相撲」も相当極惡な一編で、こちらは甘いお話へと誘う雰囲気はノッケから皆無ながら、魔法の效力を巡ってコトを起こす夫婦の一方の秘密がイッキに明かされ、それが奈落へと繋がる展開がいい。
バカネタで一番の冴えているのが「缶詰28号」で、手に入れた缶詰を開けるとそのタイトル通りのものが出てきて、――というネタなんですけど、これ、フツーは出てくるものが逆だろ、というところに逆転の奇想ともいうべき脱力のヒネリをくわえたアイディアが最高です。
駄洒落ネタでは、「静かな湖畔にて」が印象的で、これまた二人の会話によって不可思議な魔法の效力に言及しつつ、そこへカタカナ文字で引き算にも通じるネタの隠し方を添えて、最後のオチへと繋げる技法はショートショートならではの餘韻を残します。
いずれもショートショートというフォーマットを活かしたネタの調理方法に巧みの技を見ることが出來る一冊で、讀み口が軽いゆえについスラスラと讀みすすめてしまうのですけど、前回イッキ讀みしてしまった「ひねくれアイテム」の讀後感と比較するに、やはりこういうボリューム満点のショートショートの一冊は一編一編をゆったりと味わった方が滿足度もより高いような気がします。「ひねくれアイテム」が愉しめた方であれば、文句なしに買いの一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。