第十八回鮎川賞受賞作。何でも授賞式の会場に本人が姿を見せずして代理人が登場、とかいう逸話もあって何だか相当に謎めいた怪しい人が書いた物語、――ということである種の先入観を持ってしまうのですけども、実際は日常の謎―連作短編という定式に則った非常にオーソドックスな作品です。
児童擁護施設という登場人物の一人ひとりが何かしらのドラマを持っていてしかるべき場所を物語の舞台に据えて、第一話から第六話までささやかな事件が謎として呈示され、それがまたささやかな推理によって繙かれていき、最後は連作短編の樣式通りにそれらの推理の背後にもう一つの大きな構図を描いて幕とする結構です。
何よりも語り手の、施設の子供たちも含めた登場人物を見つめるやさしい視線が本作の風格を端的に現していて、現代のミステリにおいて児童養護施設というある種の特殊な場所を物語の舞台とするには相当にハードなドラマが展開されるのではないかとごくごくフツーの本讀みは期待してしまう譯ですけども、本作ではそうした邪悪な讀みは御法度で、最終話によって明らかにされる構図も含めて、確かにDVなど現代的な要素を盛り込みつつも、物語はあくまでハートウォーミングな立ち位置を崩すことはありません。
個人的には第二話「滅びの指輪」だけが浮いているように感じられ、その眞相の背後に何かおぞましいホラー・テイストを垣間見てしまったのですけど、確かに最後のシーンにはそうしたダークネスを添えてはいるものの、物語全体のトーンはあくまでやさしいまなざし路線。結局は次に到るもまたささやかな謎が呈示され、そこに連作短編のキモとなる七不思議も添えつつ、物語は淡々と進んでいきます。
事件の全てが一話において解き明かされることがないこともあって、そこに七不思議に絡めた謎を残しつつ、次の話へと繋げていく連作短編の構成は創元推理では定番ともいえるものながら、個人的には本作の謎は日常の謎ともちょっと違うのではないかなア、という気がします。
本作で呈示される事件の殆どは幽霊譚や人間消失など、日常の中に現出した不可解というよりは、古典ミステリでもお馴染みのもので、その意味では殺人といった事件性のある定式化されたものから離れて、謎「そのもの」の樣態に創造性を凝らした「日常の謎」派の作品に見られた斬新さはありません。その意味では寧ろこだわりの日常の謎派というよりはフツーのミステリ読みの方が本作を愉しめるのではないでしょうか。
このあたりは御大も選評で、「中盤から問題定義の気概を喪失して、「学校の幽霊」の定型に物語を寄せていって安堵する傾向が感じられ」と述べているのですけど、児童擁護施設という今日的な物語を生みだし得る場所を舞台にしながら、本作で描かれるのはひたすらやさしいまなざしによるイイ話、――という次第でありますから、自分のように邪悪さを伴ったねばい視線でキワモノミステリを讀み漁っているような輩には完全に取り扱い注意、ということになるカモしれません。
それともうひとつ、自分がいまひとつノれなかった理由がありまして、本作ではかなりの部分で推理のプロセスにおいては人間の心理の錯誤に着目した理由付けをしてみせるのですけど、それが単なる理由付けで落ち着いてしまっているところが不滿というか、……例えばそうした錯誤をフックにして讀者に驚きを与えてみせる作品、――短編では泡坂氏の「ゆきなだれ」などがその典型かと思うのですけど、最近では道尾ミステリなど、そこに誤導の技巧を凝らして非常に高度な達成を見せている作品と本作を比較すると、そうした現代本格的な新味が感じられないところがもどかしい、というか……。もっともそうした極度に人工的な仕掛けがないがゆえ、推理から眞相開示の流れは非常にスムーズで、これがまた本作のやさしい風格に非常に合っているのもまた事實、でしょう。やはりこのあたりは完全に好みの問題なのかもしれません。
また選評で山田氏が「連作短編集の形式をとっているのが目新し」と述べているのですけど、これは鮎川賞という新人賞だからこそ新味に感じられる譯で、本作のような風格の作品であれば、すでに初期の加納女史などがひとつの完成形ともいえるかたちを構築しており、――というような気がして個人的にはちょっとアレ、だったのですけど、これはひとえに、本作の魅力を感じ取れない自分の感性に問題があるのカモしれません。という譯で、個人的には初期の加納ミステリにはない、本格ミステリとしての本作の新しい部分を抽出、解説してくれるプロの批評、レビューを期待したいと思います。