都筑道夫の恐怖小説というと、モテモテボーイが大活躍する雪崩連太郎をまず思い浮かべてしまうものの、これがノンシリーズともなると妙チキリンなふしぎ小説になってしまうというのは、以前取り上げた「ミッドナイト・ギャラリー―都筑道夫ふしぎ小説」でご存じの通り、本作に収録された作品群も、夢とリアルのあわいを曖昧にしたまま不条理な結末へと雪崩れ込む掌編や、キ印としか思えない登場人物の妄想とリアルが宙づりの恐怖を喚起する短篇など、恐怖小説ともミステリとも分類が難しいふしぎ小説がテンコモリ。
妻子を亡くした引きこもり男の狂氣に卷き込まれる「偽家族」、ベロベロに醉っぱらった私が取り違えた免許證をキッカケに奈落へと堕ちていく表題作「目撃者は月」、殺人悪夢に魘される男の現実崩壞を描いた「殺し殺され」、夫殺しの一人語りが虚構と現実のあわいを溶かしていく「烏啼き」。
粗大ゴミのマネキンを見つけたばかりに妻殺しの妄想をリアル化させる男の狂氣「模擬事件」、男から夢を買った男がリアルで悪夢体驗を満喫する「夢買い」、赤い鴉を暗喩に宙づりの恐怖を幻想的な筆致で描いた傑作「赤い鴉」、譯アリ物件に出没する幽霊から自分を殺した犯人探しを御願いされる「幽霊でしょうか?」。
虚実の交錯からさりげない狂氣のオチが光る「置手紙」、亡くなった友人の娘のヌードを描くことになった語り手が虚実の陷穽に落ちていく「涅槃図」、未来予言か妄想かはたまたキ印の狂氣かを曖昧にしたままイヤ感溢れる奈落が光る掌編「ランプの宿」の全十一編。
個人的に一番ツボだったのは「赤い鴉」で、望遠鏡でとあるビルの一室を覗いてみたら赤い鴉の絵を見つけて、……というところから、このありえない赤い鴉を狂氣のモチーフとして、飜譯家としての男の日常と妻の屍体を見る夢の情景を交錯させながら、虚実の境界を崩していく展開が見事な一編です。
とりたてて怖いものを描いている譯でもないのに、イヤ感がビンビンに溢れている宙づり感が絶妙で、投げっぱなしの幕引きから釀し出される不気味さも素晴らしい。傑作でしょう。
キ印のアレっぷりでは「偽家族」が秀逸で、妻と子供を亡くして引きこもりになっていた男がフラリと語り手のところを訪ねてくる。しかし男の腦内ではどうやら妻も息子もまだ生きている樣子。
そのことを告げると、キ印野郎からは逆に自分の記憶違いにツッコミを入れられるという具合で、物語の外にいる讀者にしてみれば、いったい語り手とキ印の言動のいずれを信用すれば良いのかが分からないところがミソで、ここにまたまた悪夢の情景も添えて夢と妄想とリアルがグタグタになっていく展開がステキです。どうにもハッキリしない幕引きに感じられる無理矢理感がアレながら、本作の前半はほとんどこんなかんじ。
「目撃者は月」は、収録作の中で幻想小説というよりは、ミステリとしての構造を持った一編で、グテングテンに醉っぱらった語り手が男に絡まれて突き飛ばしてしまう。で、すっかり伸びている男の横に落ちていた免許證を拾ってくるも、それは自分のものではなく、どうやら男のものらしい。
ニュースによれば、男は別の場所で屍体となって發見されたというのだが、だとすると自分の免許證はいずこに……というところから後半はとある人物の登場によって物語が奇妙な方向へと捩れていきます。最後のオチもスッキリと決まってイイ気持になれるものの、このあとは再び夢とリアルのゴッタ煮から宙づりのオチで決めるという風格の短篇が續き、頭がグルグルしてしまうところが本作の讀みどころ。
「殺し殺され」は、自分が夢の中で殺した男との邂逅から不条理な展開へと雪崩れ込む短篇で、理性を抛擲した夢特有の奇天烈ワールドから、これってボルヘス?みたいなオチへと突き進むところが素敵な一編です。
夢を小説の虚構へと移し替えて、これまた虚実の交錯の結構でコロシのネタを添えてみせたのが「烏啼き」で、冒頭は烏啼きなんていう薄気味悪いネタを開陳しながら恐怖小説の風格で始まるものの、そこへ小説の文章を織り込みながら夫殺しの実況中継を行うという語り手の狂氣がちょっと怖い。
不条理と狂氣という點では収録作中、「偽家族」と並んで好みなのが「模擬事件」で、屍体を床に埋めたまま十年間、その家に暮らしてみるという奇想を思いついた男がそれを実行しようとする……という狂氣の發端から、粗大ゴミとして捨てられていたマネキンでその模擬演習をするという實直ぶりが完全にアレ。
妻は死んでいるのかいないのか、そのあたりを曖昧にしたまま展開される不条理さと、妙に素っ氣ない文章から釀し出される静かな狂氣がイヤ感を煽りたてる佳作でしょう。
「幽霊でしょうか?」は、虚実の交錯をモチーフに不条理世界が大展開される収録作中、異色作ともいえる仕上がりで、友人に請われて住むことになった一軒家に幽霊が出没、どうやらその幽霊君は何者かに殺されたらしいのだけど、誰に殺されたのかが分からない。ついてはアンタに犯人を見つけてもらいたいという奇妙な依頼を受けた主人公は……という話。
幽霊との惚けた會話から直線的に物語は進むのかと思いきや、幽霊という怪異の眞相にちょっとした仕掛けを凝らしているところがミステリ作家都筑の眞骨頂。これは素直に愉しめました。
「置手紙」は、手紙というアイテムに怪異か騙しか判然としない仕掛けを凝らした短篇で、かつて仲たがいをした友人から手紙をもらい、見舞いに行ってみるとその娘から父は死んだと告げられる。しかし部屋に戻ってみると、妻の置手紙があって、そこにはその友人がタッタ今訪ねてきて、これから一緒に旅行に行くと書いてある。果たしてこの置手紙の眞意と友人の死について、男の推理とも妄想ともつかない話で後半を引っ張っていきます。最後の一文で決まるオチも含めて微妙盡くしながら、奇妙な余韻を残す一編でしょうか。「赤い鴉」と並んで自分的にはツボでした。
「ミッドナイト・ギャラリー」に比較すると、虚実の交錯にテーマを絞った作品集というかんじで、ふしぎ小説の中でも狂氣と妄想を鏤めた幻想小説的風格が濃厚な本作、「ミッドナイト・ギャラリー」が好みの人は愉しめると思います。