辻御大の本格ミステリといえば、創元推理からも復刻されているスーパー・ポテトのシリーズが定番ながら、こちらは「アリスの国の殺人」の奇想にも通じるノンシリーズの一冊。
もう、タイトルからして地雷臭の漂うキワモノぶりがプンプンしているんですけど、辻ミステリを何冊か讀んでいるマニアにしてみればこのおじいさんテイストと漫畫アニメを絡めた脱力の風格はもうお馴染み、さらにはメタ的な仕掛けも後半にシッカリと用意されていることから、個人的には堪能しました。
物語は例によって、リアルのパートと作中作のパートが平行して進むという構成で、アニメーターの冴えない男がプロダクションでバイトを始めるものの倒産、捨てる神あれば拾う神アリとばかりに、夢ばかりが大きい企画会社の社長に拾われます。キャラはパクリでも没問題だからハッタリを効かせた物語をひとつ頼む、と依頼されたダメ男は、ニャロメを探偵に据えた脱力コントをクリエイト、そいつを件の社長に見てもらおうと考えたものの、社長は何者かに殺されてしまってさア大變、という話。
この社長コロシの犯人に間違えられたダメ男が自分を罠にハメた男たちから逃れつつも、社長令嬢の可愛い子チャンと眞相に迫っていくというリアルの場面とともに描かれていくのが、探偵ニャロメが活躍する密室ならぬ蜜室殺人のパートでありまして、これが相當にイタい。
赤塚、手塚、水木漫畫のキャラが入り乱れてトンデモな殺人事件にああでもない、こうでもないと推理を行う場面は漫畫というよりは、何だかトンマな三流お笑い藝人が鬼太郎やニャロメの着ぐるみをかぶりながら舞台で寒いコントを演じているフウでもあり、行間からは気の抜けた観客の笑い声が聞こえてくるような幻聴を体験してしまうこと請け合いです。
しかし、自分たちは漫畫の世界の住人だという縛りをもうけて、殺人事件と盗難事件の謎を解き明かしていく推理は、脱力にハジけまくった物語世界の真逆を行き、小技をきかせた様々をトリックで見せてくれます。特に密室と化した殺人現場を覗いた時、被害者に突き刺さっていたというナイフの眞相に關しては秀逸で、小森氏のアレを思い浮かべてしまう人が殆どかと思われるものの、このトリックが明かされた後、辻ミステリでは定番のメタ的な展開へと雪崩れ込む構成もまた見事。
そのほかにも犯人を指摘する見せ場で、漫畫のキャラからいきなり小酒井不木の名前が飛び出してきたりというギャップもステキで、全編漫畫らしい奇天烈ぶりに溢れた趣向が素晴らしい。
しかしそれでもマトモな讀者が手に取ったら、この作中作の脱力テイストは勿論のこと、リアルのシーンにもそこはかとなく漂う漫畫テイストに顔を歪めてしまうことはもう必至という内容ゆえ、敢えてこのあたりのおじいさんテイストと寒すぎる漫畫ネタはスルーしつつ、漫畫世界というルールの中で開陳される様々なトリックの妙を味わっていただきたいと思います。
さらにいえばここ最近は本格ミステリ業界で生きる価値ナシ、と笠井氏に指弾されている1960年代生まれ(ってそこまではいってないか)の人間にはニャロメにしろ、手塚キャラにしろついていけるものの、自分のようなオジサンよりもずっと下の世代となるとちょっと辛いのではないかなア、という氣もします。
ただ、この漫畫ワールドでのハシャギぶりは何となく本格理解「派系」作家の首領の目減卿テイストにも通じるものがあるようにも感じられ、しっかり密室も御登場というツボをおさえた風格には件の首領も大満足、さらに物語が終わったあと、辻御大が「特別出演の皆さまに感謝の意を表します」と題して、本作に登場した漫畫アニメのキャラをリストアップしているのですけど、ここで注目すべきは最後の註でありまして、
註2 本作は、日本語にもっとも適したと信ずる親指シフトキーボードによって書かれたことを申し添えます。
という譯で、本格理解「派系」作家の作品の中でも、特に「真希ちゃん夏帆ちゃんまさみちゃんッッ!杏は杏でも南波杏じゃなくて鈴木杏ッッ!先生ッ、お久しぶりです。『メフィスト』のサイトでの『双面獣事件』の連載再開、おめでとうございますッ。ただ、これは僕だけだと思うんですけど、やっぱりパソコンの上で106頁を一気に読み通すのは辛いです。Flash Playerでの表示はお洒落なんですけど、印刷も考慮してPDFファーマットも一緒に用意した方がいいような氣がするんですけど、……って、またまた申し遅れましたッ、僕、邪無ですッッ!」なんて方もリスペクトする「増加博士と目減卿」がツボだった、というマニアには最高に愉しめるかと思います。
ただ實際は上にも述べた通り、作中作の中で開示されるトリックなどは、その世界ならではの仕組みを活かした実直なものだし、シンプルながらも現實と虚構の連關も巧みなメタ的趣向など、非常によく出來た一冊ゆえ、小森氏の某作と比較しつつそのメタ的な趣向の違いを探ってみるというのも一興でしょう。