人間嫌いの叔母の過去を、作家の語り手が調べていくうちに驚くべき事實が、……というあらすじはある意味手垢がつき過ぎてアレなんですけど、とにかくこの定番に過ぎる展開に幾重にもエピソードを絡めてそれを絶妙な伏線として機能させる技法や、語り手が叔母の過去に固執してしまう理由付けなど、人間心理に着目した視點がとにかく素晴らしい。
關係者からの証言だけで全ての謎が解けてしまうという、推理を軽んじた風格から、こんなものは本格ミステリに非ずという意見が殆どかと思われるものの、個人的には本格ミステリにおいて人間を描くこととはどういうことなのか、ということを考える上で、色々と學べるところも多い傑作ではないかなア、と思うのですが如何でしょう。
物語が始まる前に、「今のわたしたちが交はす言葉は……」から始まる謎っぽい文章がさりげなく添えられているのですけど、これが最後に効いてくる構成も秀逸で、第一章から語り手が叔母の死後三十年を經た後になって彼女の過去を探っていくという展開を提示しつつ、「すべてを知った今、長らくわたしの中にあった叔母のイメージがすっかり変わってしまった。そして、少しやるせない、しみじみとした気持ちで、あらためて叔母のことを思い返している」という前振りを添えているところもステキです。
語り手の過去の回想における叔母というのは、人間嫌いの偏屈オバサンというキャラなのですけど、とある人物の手記の中ではこの叔母のおきゃんな娘っ子時代が語られるという對比もいい。このあまりにかけ離れたキャラの断絶の間に何があったのかという謎から、物語はある歴史的事件に叔母が絡んでいたことを明らかにしていきます。
そしてここで描かれる男たちのキャラ立ちも相当なもので、叔母がベタ惚れしてしまうアカ青年や、その友人であり手記の記述者でもある男、さらには特高刑事の清濁を併せのむ濃厚な味付けと、淡々とした文章のなかから立ち現れてくる登場人物たちの描き方はもう完璧。
語り手は従姉妹のちょっとした記憶やとあるアイテムから謎を見いだしていくのですけど、ひとつの謎が解けると、關係者の証言などから畳みかけるようにまた新たな謎が立ち上ってくるという構成で、途中でダレることもありません。
特に中盤からは叔母の傍らに寄り添って彼女を見守っていた人物たちが俄然その存在感を増していき、ここから語り手の曰くへと回歸していく展開には、語り手が叔母の謎に惹かれてしまう必然性がシッカリと描かれているところも素晴らしい。まさかこんな仕掛けがあるとはマッタク予想もしていなかったために、自分などはかなり驚いてしまいました。
勿論この仕掛けは本作の物語の中では傍流なのですけど、これが第一章の冒頭で語り手が呟いてみせる叔母の印象に繋がっていくという構造は、本格ミステリにおける伏線とはやや異なるものながら、謎―眞相という対置でこの物語を俯瞰した場合に大きな意味を持ってきます。
語り手が、叔母という、やや微妙な位置にいる肉親について謎を解いていくという構造において、語り手が作家であることはこの最後の眞相と展開を隠蔽しておくための仕掛けであると見ることも出來るし、中盤に登場するあるアイテムや従姉妹の証言を伏線としてそこからこの傍流の謎が立ち現れてくるところや、それがまた叔母と語り手を結びつけていくという構成も心憎い。
推理を抜きにして、關係者の証言のみで叔母の謎が解かれていく展開の中で、この傍流の謎だけは様々な伏線から語り手自身が探偵となって謎解きをしていくところにも強い必然性が感じられ、語り自身がこの謎に対峙することによって様々な人物の証言の中から浮かび上がってきた叔母の実像が最後にはある一つの言葉に歸着するという構成もまた完璧。
自分としてはこういった人間の描き方こそが本格ミステリに求められているものなのでは、なんて思ったりするんですけど、やはり本格ミステリ業界では、密室も不可能犯罪も存在しない本作からは本格ミステリとして學べるものは一切ナシなんてことになってしまうんだろうなア、と溜息が出てしまうでありました。