ふしぎ文学館の中でもちょっと古めの本作、曾野綾子といえば恐怖小説の名作「長い暗い冬」があるくらいで、自分の中ではどちらかというと産経新聞で讀んでいるエッセイの印象が強く、自分好みの作品は少ないのではなんて敬遠していたのが大間違い。小市民が小奈落に落ちるミステリ風味の作品や、ぞっとするような余韻を残す恐怖小説など、いかにもふしぎ文学館らしい一冊で堪能しました。
収録作は、小市民たちに降りかかる小奈落と脱力の事件を描いた「蒼ざめた日曜日」、下手クソな按摩野郞が盲目となった曰くを語る「偏西風」、モテモテボーイに傅くハーレム女の何ともな戀物語にミステリっぽい技巧が炸裂する「檻の中」、異国でトンデモない地獄を体験した男と神経症の女の悲哀溢れる物語「人間の皮」、曰くアリのオルゴールをめぐる奇譚に脱力のオチを凝らした小噺「競売」、独裁國家を訪れた男が見えない影に追いかけられる表題作「七色の海」。
女のエグさといやらしさが光る「女はなんのために死ぬか?」、珍種のトカゲをめぐって小市民と詐欺師の賭け事が脱力のオチで決まる「一眼獣」、大望ある青年が船の中で人肉食の恐怖に怯える「飼育のたのしみ」、曰くアリの温泉につかりながら小市民どもが小話を披露する「山ノ湯」、静かな狂氣に「長い暗い冬」にも通じる怖さがうまい「死者の手袋」、小市民男が娶った妻の恐るべき正体が奈落を引き起こす「お家がだんだん遠くなる」、タイで盗んだ呪いの仏像の因果を描いた傑作怪談「仏を攫う」、そして名作「長い暗い冬」の全十四編。
「青ざめた日曜日」はいくつかの掌編をおさめた連作となっていて、譯あり相場師が買った馬券をカンニングして自分も大当たり、という幸福にウキウキしていたダメ男が最後に脱力の奈落へと突き落とされるお話など、いかにも小市民がいい思いをしたすぐあとにひどい目にあう、というオチの「鰐皮の財布を持つ男」もキワモノマニア的にはツボがら、個人的には第三話の「空飛ぶ円盤」が最高。
空飛ぶ円盤を見た、と嘘をこいた少年がジャイアンにいじめられるというお話なんですけど、どうしても円盤を見たといってきかない少年に對してジャイアンは、「三日間に円盤が現れなかったら、オレはお前が円盤を見た、というその眼をえぐり出してやる」と宣言。結局円盤は現れず、……というところからジャイアンはついに強権を發動。
ここで明らかにされるオチが非常にアッサリと描かれていながらも怖い。最後はこの少年と親父の會話で終わりとなるのですけど、最後の「ひっそりと言い訳をするように呟いた」一言が醸し出す狂氣、そして親父と少年との關係を思うにじわじわと恐怖が沸いてきます。
このあたりの狂氣に絡めた怖さが絶妙な効果を上げているのが「死者の手袋」で、内容的には要するに「家政婦は見た!」。で、この家政婦を語り手に、娘の結婚を間近に控えた家族のことが描かれていくのですけど、この娘ととある家族との過去が暗い影を落としているところから、いよいよ結婚、というところで一気に話がオチるところが怖い。それをまた家政婦がこの家族に深入りせずに淡々と、つきはなした調子で語っているところが素晴らしい効果をあげています。
また「お家がだんだん遠くなる」のイヤっぽさも秀逸で、聖母のような女と結婚したいという地味男がモノにした妻がトンデモ女だったというところからイッキに奈落を迎える展開はもう完璧。最初のうちは普通に暮らしていたものの、それが次第に壊れていくところは期待通り、特に最後のアレによって精神崩壊の一歩手前で男がタイトルの歌を聞いてしまう幕引きも洒落ています。
大袈裟な怪異こそ登場しないものの、ぞっとするようなオチが待っているという點では「仏を攫う」も見事な一編で、タイの寺で見つけた曰くアリの仏像をゲットした日本人の物語。その仏像は呪われている、きっと悪いことが起きるといわれているのも無視して仏像を日本に持ち帰ると、男は憎い相手にその仏像を賣り付けるという妙案を思いつく。
オレの母親、早く死ねばいいのに、なんてかんじで病気の母親に辛く当たり、……といっても母親にはいかにも思いやりの態度で接している小悪党ぶりが最悪で、野郞の期待通りに母親は死んでしまうのだが、……。最後のぞっとするオチでさりげなく怪異を暗示させるところも見事で、正に怪談らしい怖さの光る傑作でしょう。
小市民がひどい目にあうというところでは表題作の「七色の海」、「飼育のたのしみ」、「一眼獣」があるのですけど、この中では「七色の海」が好みでしょうか。独裁國家にやってきた男が自分を暗殺しようとする影につきまとわれるところが中盤から淡々と、しかしサスペンスを盛り上げるかたちで描かれていくのですけど、それが最後に脱力の眞相開示で幕となるという構成がいい。「飼育のたのしみ」も同様で、主人公が眞面目であるほど、こういう小話的なオチは笑えます。
で、「長い暗い冬」なんですけど、以前「異形の白昼」でも取り上げた通り、正に怪奇小説の傑作ともいえるこの作品、オチが分かっていると何だか最初から怖いですよ。「黄色いナトリウム灯の光の中を、幽霊のように歩いてきた」とか、飾りのないアッサリとした文章が不穏な雰圍氣をじわじわと盛り上げていきます。
上の小市民がひどい目にあう作品や、アレ系の技巧が炸裂する「檻の中」などと同様、「長い暗い冬」にも一種のミスディレクションが仕掛けられていて、これがまた最後のオチに絶妙な効果を上げているところに、本格マニアとしては注目でしょうか。
後半に行くほど、恐怖小説的な雰圍氣の作品になっていき、最後のとどめに「長い暗い冬」 をもってくるという構成も素晴らしく、いかにもふしぎ文学館らしい一冊です。「異形の白昼」は手に入りにくい一方で、本作はアマゾンにもあるようなので、「長い暗い冬」を讀みたい、という方には本作をオススメしたいと思います。