昨日取り上げた「離れた家―山沢晴雄傑作集 日下三蔵セレクション」の興奮未だ覺めやらぬといったかんじで、まだまだ色々と語りたいことがあるのですけどキリがないので、とりあえず今日は本格ミステリとはマッタク趣を變えて、最近復刊された本作を取り上げてみたいと思います。
日本SF大賞受賞作といいながら、今讀むと中盤の展開など「リング」のようなほホラー作品としても讀めるかなア、という氣がするところが自分好みで、作者曰く「ノベルズ的タッチを意識した」という序章「狩人」からして、譯ありオンナと彼女を尾行する男たちの様子を緊張溢れる筆致で描いていくところからイッキに引き込まれます。
いかにも日常の風景から開始される物語は序章を終わると、舞台はいきなり1984年のパリへと飛び、そこからこれまた謎めいた青年とブルトンとの邂逅を描きつつ、奇妙な詩を巡ってこれまたテンポ良く進みます。
しかし物語は謎青年に大きく比重を置くわけでもなく、また彼がついに書き上げたという詩の中身もさりげなく言及されるのみで、その詩がいったいどのような作用をもたらすのかを限りなくぼかしてあるところがまた秀逸。
序章の「狩人」では、人間に危険な作用を及ぼすものと説明され、この過去の章ではその詩にふれた人間が何人も不可解な死を遂げていくところが事實のみを記述するかたちで淡々と書かれているところも見事で、詩の正体とその激烈な効果を仄めかししたまま物語は再び日本に戻ってくるのですけど、個人的にはこの中盤のホラーを彷彿とさせる展開が一番の好み。
これが半村良とかだったら、この詩の存在に絡めて陰謀論の大盤振る舞いとこが展開されるものの、本作ではあくまでこの詩にかかわることになった弱小出版社の社長の視點から、件の詩の恐ろしい効果が伝搬していく様が語られていきます。
晦渋な用語を排除し、あくまで日常に軸足をおきつつ、詩の正体やその効果を少しづつ明らかにしながら關係者が次々と犠牲になっていくところをサスペンスも交えて描いていくところは「リング」以降のホラーの文脈でも理解可能なほどに明快で、このまま難解なSFも風格は抜きにしたまま終盤まで恐怖を盛り上げていく方法で進むのかと思いきや、後半、唐突に時空間を超越した転換を迎えるところで超吃驚。
シュールレアリズムの仕込みと、中盤のホラー小説的な展開の一切を取り払って、舞台が突然變わってしまうところには戸惑いを覚えてしまうものの、ここで時間の神秘を伏線として最後に再び日常世界へと回歸してくる幕引きは不思議な余韻を残します。
中盤、現代日本を舞台にした場面がもっとも大きな盛り上がりを見せるゆえ、このシーンでの登場人物たちが物語の後半を大きく牽引していく構造が定石に思えるものの、後半は登場人物の誰かに重みをもたせることなく、神の視點によってそれぞれの場面に出て來たキャラを駒のように操りながら時空間を超えた幕引きを構築するところはやはりSF、という印象を持ちました、――というか日本SF大賞受賞なので當たり前(爆)、異様に讀みやすい文体とサスペンスを交えた展開にイッキ讀みしてしまうこと請け合いで、自分のような、難解な作品が苦手なボンクラでも愉しめると思います。