シリーズ第一彈の「触覚」のネタは痴漢、これだけでも十分にエロかったんですけど、今回の「視覚」はもうノッケから暴走しまくりというキワモノぶり。變態野郞が女を縛り上げて「女は花」とか詩人ぶった台詞を呟きながらそのエロっぽい緊縛姿を激寫していくというシーンからして、普通のミステリファンはドン引きしてしまいます。
しかし様々な事件を錯綜させながら人間の異常心理を炙り出す風格にはさらに磨きがかかり、極上の謎とスリリングな展開で見せてくれる一冊ゆえ、冒頭のキワモノシーンだけで本を閉じてしまうのはもったいない。
物語は、トラック運転手が居眠り運転で首都高のパーキングエリアにつっこんで大事故が發生、駆けつけた救急隊員はキ印に殺され、強奪された救急車が首都高を爆走、――と冒頭からの本格ミステリらしくない暴走ぶりがまず見事で、トンネルの中で消えてしまった救急車、首都高にバラまかれた死体の断片と、贅沢に過ぎる謎の大盤振る舞いにも眩暈がしてしまいます。
首都高バラバラ殺人事件を軸にして物語は進み、被害者の身許から第一の容疑者が浮上するものの、警察の強引な捜査も仇となってこの人物にはアリバイがあったことが判明します。物語全体におけるこの容疑者の扱いなどにシリーズ第一彈「触覚」と同様の仕掛けが感じられ、それがまたヒロインたちが追いかけていくバラバラ殺人事件が中盤で奇妙な捻れを見せつつも最後にはそれが再び謎の中心へと回歸していく構造とも連關している対照もまた見事。
中盤まではヒロインが事件に繋がりがあると思われるクラブに潜入捜査を行ったりとサスペンス風味を前面に押し出しつつ、バラバラ殺人の背後にあるものが次第に明らかにされていくという展開なのですけど、後半は犯人の狂ったモノローグなども添えて、サイコな怪しさにハジけまくった暴走ぶりが見所でしょう。
犯人が投稿雑誌に被害者の緊縛寫眞を送りつけていたことが途中で判明、雑誌のタイトルが「桃ねこ倶楽部」で寫眞のキャプションが「わたしをもっと辱めて!絶頂アクメにすすり泣くM女奴隷!」とリアルに過ぎるところもキワモノマニアとしては大満足なのですけど、寫眞の女を揃いも揃って赤目に寫している犯人の偏執ぶりもかなり怖い。このあたりの狂氣が山田ミステリに特有の幻想性に流れず、やたらとリアルに感じられるところもこのシリーズの特徴でしょうか。
で、第二の殺人と投稿寫眞から、犯人の正体が分かってから物語はイッキに急展開、しかしここから思わぬ人物が事件のド真ん中に浮上してくる結構と、バラバラ殺人という事件の陰惨な様相から猟奇と狂気がこの事件のキモかと思わせつつ、このトリックが實は捜査の前半で固執してみせたアレであったことが明らかにされるところは秀逸です。
解説で我孫子氏は、本作は「トリックが話の中心にないこと」が「もったいない」と述べているのですけど、確かにサスペンスを押し出しつつ捜査の過程で次々と事件の全容を明らかにしていく風格は本格ミステリらしいないといえば確かにその通りかもしれません。
しかし首都高バラバラ殺人事件を追いかけていく過程を描きつつ、それが結局は件の殺人事件そのものではなく、事件を引き起こした背景の構造を炙り出していくという捻れた展開や、前半でややあっけないほどに収束してしまうアリバイネタに後半、再び回歸していく構造など、敢えてトリックから事件を照射する手法ではなく、トリックを絡めた事件の交錯と捻れを見せていく全体の結構を、捜査のプロセスの中で描き出すという本作の戦略は個人的にはかなり好み。
結果として、やや冗漫、退屈になりがちなアリバイネタの眞相は後半に見事な反轉を見せ、それがまた意外な犯人を後半、事件の中心へと浮上させる展開を際だたせているところにも注目でしょうか。
エロっぽさは勿論のこと、畳みかけるような小技の技巧の応酬が讀者を幻惑させる山田ミステリの魅力に、これまた極上のサスペンスを大量投入した本作、大作らしい風格は希薄乍ら、本格ミステリのファンではあればやはりマストといえるのではないでしょうか。