「エンド・クレジットに最適な夏」が積讀状態なので、作者の作品は初讀ということになります。まずもってタイトルが「監禁」とあまりにベタというかアレな上に、ジャケ畫がこれまた一昔前のノベルズかB級文庫の味わいであったりと、何だか讀む前から不安になってしまったのですけど、結論からいうと自分は非常に愉しめました。
物語は、リサイクルショップに運び込まれた机の抽斗に入っていた紙切れに「助けてくれ、カンキンされている。警察にれんらくを」と書いてあったからさア大變、ここに事件を感じた娘っ子がこの謎を追いかけていくというシーン、不良娘と結婚予定の眞面目ボーイの視點からフィアンセが巻き込まれてしまった放火事件を描くパート、さらに婆さんに拾われたニート君が婆さん殺害計畫の眞相を暴いていくという三つの場面が平行して描かれていきます。
ジャケ帯には「一枚の紙切れから事件が始まる」とあるのですけど、物語としての始点は確かに紙切れを見つける娘っ子のシーンながら、三つのシーンはほぼ均等に描かれていくという結構ゆえ、實をいえば娘っ子のパートを前面に押し出したジャケ帯の煽り文句はちょっとアレ。
そしてこの三つの場面が平行して語られていくなか、ところどころに何者のものともつかないつぶやきが挿入されているところが本作の仕掛けのキモであり、三つのパートの連關は勿論のこと、最後にこのモノローグが物語にどう絡んでくるのかも見所のひとつでしょう。
娘っ子は紙切れの謎を追いかけていくうちに、どうやら行方不明になったという醫者が監禁されている当人ではないかと確信、次第に眞相へと近づいていく一方、婆さんに雇われたニート君が殺害計画の謎を追いかけていくシーンが、タイトルにもある「監禁」にどう絡んでくるのかは物語が半ばを過ぎても見えてきません。
中盤、とある事件が明らかにされることをきっかけに、監禁メモの娘っ子の場面と眞面目君のパートが連關を見せてはくるものの、いずれのシーンも大きな見せ場はなく淡々と進みます。それでいて地の文は時にやや説明口調に流れたりと、淡々とした展開に比較して情報量が多く感じられる不思議な文体なのに非常に讀みやすいところは好印象。
中盤で既に二つのパートの繋がりが見せるという結構ゆえ、三つのシーンが最後にどう關わってくるのかという興味で讀者をイッパイに引きつける譯でもなく、また要所要所にド派手な事件を鏤めて讀者の興味を惹くという結構でもないのに、こうもすらすらと讀めてしまうのはひとえにこの文体ゆえではと思うのですが如何でしょう。
で、後半に至っていよいよ「監禁」をキーワードにニート君の場面で大きな展開が起こるや、最後には「監禁」なんてマッタク關係ないと思われていた眞面目君のパートに絡めて、それぞれのシーンが見事な連結を見せるものの、本格ミステリであればここで大袈裟に盛り上がる筈、という場面も作者は淡々と纏めてしまいます。ミステリの仕掛けがもたらすカタルシスに對してあまりに禁欲的とも思えるこのあたりが作者の持ち味なのか、それとも自分がオジサンゆえにこのあたりを薄味に感じてしまうのかなア、とも思ったりするのですけど実際はどうなんでしょう。
上にも述べた通り中盤で既にとある事件の開示をきっかけに、少なくとも二つのシーンが連關を見せるという構成ゆえ、物語の断片が最後に大きな反轉の構圖を見せるいう、本格ミステリのファンであれば當然に期待してしまうようなワクワク感は希薄です。
それでも「監禁」という言葉に絡めて、娘っ子のパートから見た監禁の眞相が意想外なかたちで現れるところや、眞面目ボーイのパートだけ前半と後半で時間を隔てた構成に纏めて、他の二つの場面との違いを際だたせてみせるところなど、小技を駆使した仕込みは素晴らしい。
個人的に一番関心したのは、物語の冒頭から挿入されているモノローグでありまして、三つの場面の連關に力點をおいて讀み進めていったゆえ、こちらの仕掛けに關しては驚いてしまいました。何だか中町信センセみたいなオチで吃驚ですよ。
しかしこのモノローグの仕掛けが巧みであるからこそ、本作の結構は、三つのパートをそれぞれ均等に語るのではなく、眞面目ボーイが婚約者を追いかけていくシーンにもっと分量を割り振って仕上げてもらいたかったなア、と個人的には思ったりするのですけど、それでも敢えてそういった本格ミステリの技巧に溺れることなく、この物語の断片を淡々と語ることによって世界の全体像を明らかにしていく手法こそが作者の風格なのカモ、と考えた次第です。まア、このあたりは本格ミステリ讀みの戯れ言と聞き流してください(爆)。
このあたりについては、ジャケ裏に作者曰く、
物語の断片を・壓ぎ合わせていくうちに、徐々に全体像が浮かび上がっていき、最後の一ピースを嵌め込んだ瞬間に世界が確定する。そんな話が大好きで、今回は自分でも挑戦してみることにしました。果たして、僕が構築した世界は狙い通りに皆様の前に浮かび上がってくれるでしょうか。
とあるところからも、本作が本格ミステリ的な技巧を求めた作品ではないことが分かります。これがもし本格ミステリ的、というかそういった讀者をターゲットした一冊とあれば、上の文章は「物語の断片を・壓ぎ合わせていくうちに、徐々に全体像が浮かび上がっていき、最後の一ピースを嵌め込んだ瞬間に世界が反転する」みたいな書き方になるのでは、なんて思ったするのですが如何でしょう。
即ち本作は、本格ミステリ的な技巧を駆使して、「徐々に全体像が浮かび上」がらせていくことをミスディレクションとしながら、「最後の一ピースを嵌め込んだ瞬間」に「世界」を「反転」させるような物語ではない、という譯で、自分のような嗜好の方はこのあたりに留意しておけば、本作における作者の狙いも十分に愉しめるのではないでしょうか。