耽美非情、人間酷薄。
再讀を終えてから何気にアマゾンで検索してみたら、今月、光文社から復刊されていることを知りました。自分が持っているのは講談社文庫版なので、光文社版と収録作が同じなのかは分かりません。後で本屋に行って確認してきます。
収録作の雰圍氣は前半と後半で大きく異なり、血の繋がっていない兄妹という定番エロスに、本格ミステリならではの人間の非情と酷薄を描ききった傑作「花緋文字」、お偉方の奥様と書生の不倫心中事件にそれぞれの思惑が交錯し、壮絶な眞相が明らかにされるこれまた傑作「夕萩心中」、陸軍将校の壮絶な自害の眞相にその時代ならではの極上トリックが光る「菊の塵」。
連城ミステリといえば大方の讀者がイメージする風格に壮絶な仕掛けとの組み合わせが度肝を抜く前半に比較すると、後半に収録された「陽だまり課事件簿」はうって變わってのユーモアテイストの作品が三編収録されておりまして、新聞社の資料部付のダメ人間たちが奇天烈な事件の眞相を喝破するという物語です。
奇妙な脅迫電話の眞相「白い密告」、定番の整形ネタにアイドルの双子疑惑も交えて連城ミステリの技巧が炸裂する「四つ葉のクローバー」、ダメ人間に不可解な密告電話をかけさせた謎女の正体とは「鳥は足音もなく」の全六編。
この中でも大注目なのはやはり前半に収録されている三編で、中でも「花緋文字」と「夕萩心中」は連城ミステリ中、その技巧とやりすぎぶりでも絶對に無視出來ないという傑作です。
「花緋文字」は、血の繋がっていない妹を持った兄イが語り手で、妹との久方ぶりの邂逅から物語は始まります。で、この語り手の兄イには友達がいるのですけど、こいつが飛びきりの女好きで、婚約者がいるにも關わらず自分の妹へ強烈なアプローチを敢行。やがて妹は妊娠しながらも自殺してしまい、そして……という話。
兄妹の許されざる恋愛を大きく前面に押し出して、連城氏らしい獨特の詩的な文体で綴られる物語はしかし、最後にそれらのすべてが仕掛けであったことが明らかにされるという結構です。解説で西脇氏曰く、前半の「三作品に共通しているのは意外な犯人とその動機である」とあるのですけど、本作では壮絶な眞相の中では意外な犯人は勿論のこと、やはりその動機の扱い方に注目でしょうか。
兄イを語り手に据えながら、許されない二人の關係を兄イの視點から描いていくところから、本作では事件の發生から推理による解決という結構は裏に退き、もっぱら恋愛物語のような風格を持たせているところが秀逸で、これらの構成が全てはミスディレクションであったことが明らかにされるところは正に唖然。
そして本作で何よりも際だっているのはその動機の異常さで、本作に比較すると「容疑者X」における犯人などはまだまだ甘っチョロいのでは、なんて感じてしまいます。「容疑者X」がその非情さも自らの完全犯罪を達成する目的の中において完結しているのに比較すると、本作のこれはあまりに異常。
後半、傍点つきで記されているこの動機が明らかにされた瞬間、恋愛物語の風格は大きく反轉して、人間の非情と酷薄が明らかにされるという結構の素晴らしさに、自分などは、本格ミステリにおいて「人間を描く」というのは正にこういうことなんじゃないかなア、なんて感じた次第です。
「夕萩心中」もその動機の隠蔽という點において連城氏の技巧が光る傑作で、 ガキの頃、山道に迷った語り手が出逢った訳ありっぽい男女が、實は有名な夕萩心中の二人だったのではないか、という前振りから、政治家のお偉方の奥様と書生君の不倫が心中に至るまでをこれまた素晴らしい美文調で描いていくという構成です。
旦那には愛人もいるっていうのに、シッカリと耐えている奥様の美しさにメロメロの書生君が、障子の向こうにいる人妻の顔を拝むことさえ出來ないという我慢プレイが轉じて、殺人事件のトリックへと繋がるところなどまだ序の口。この心中事件に様々の人物たちの思惑が交錯していたことが推理される眞相開示の部分では、畳みかけるように様々な伏線が明らかにされていきます。
解説で西脇氏が言及している小道具の使い方の巧みさもその通りで、白檀の数珠のほか、書生君が奥様に渡してみせたアレの意味など、様々なエピソードやブツによって支えられていた耽美な恋愛物語が、本格ミステリの物語へと姿を變える瞬間の戰慄こそが連城ミステリの真骨頂。
仮面に黒マントの怪人が高笑いをしながら登場して、密室殺人がジャカスカと發生するたびにボンクラのワトソンが空前絶後の大事件だと喚き立てれば、そんな彼を小生意気なお嬢様探偵がクスリと笑って窘める、――なんてかんじて、物語はあくまで本格推理小説の王道路線を遵守している作品もそれはそれで嫌いではないのですけど、これを毎日讀ませられたらまさに苦行な譯で、……って話を本作に戻しますと(爆)、續く「菊の塵」も、この時代ならではの企みに満ちた極上の逸品です。
陸軍将校の自害の陰に怪しい妻の陰アリ、というのが物語のおおよその結構ながら、ここでは「花緋文字」でも動機の隠蔽のほかにも使われていた現代本格のあるモノを見事に活かしているところがツボでした。
そして本作を再讀してみて感心したのは、連城ミステリにおいてはその技法や技巧があまりに自然体であるというところでありまして、例えば「花緋文字」にしても登場人物の内心はあまりに人工的だし、その非情さ酷薄さは完全に常軌を逸しています。しかしその人工性がひとたび恋愛物語の結構の中に収まるや、叙情的な文体とも相まって極上の本格ミステリへと姿を變えてしまうというところはやはり孤高、と感じた次第です。
後半に収録された三編もやや滑りがちなユーモアが時に痛いとはいえ、その仕掛けと技巧は連城ミステリらしい逸品。という譯で、「花緋文字」と「夕萩心中」の二編だけでも「買い」の一冊といえるのではないでしょうか。