不條理から論理へ。
第六回本格ミステリ大賞の候補作に上がったということで讀んでみたんですけど、これは完全にツボでした。要するにキワモノ。それも徹底した。
ジャケ帶には「分類不能、説明不可、ネタバレ厳禁」なんて書いてありますけど、分類するとすれば幻想ミステリ。それも幻想と論理の高度な融合が素晴らしいキワモノミステリの傑作といえるのではないでしょうか。
昨年リリースされた話題作を一通り讀んでいる方であれば當然思い浮かべたであろう、「あの作品」と構成は似ているものの、「あの作品」では幻想ならぬアレで片付けていた樣々な事象に本作ではしっかりとした説明が加えられているところも素晴らしい。完成度という点ではこちらを斷然支持したいところですよ。
アマゾンのサイトに掲載されているあらすじを見ても何が何だかサッパリな譯で、かといって本作を取り上げているサイトを探しても、「これ以上書くとネタバレになるので」というお決まりの台詞でそのあたりを軽く流してしまっているところばかりという按排ですから、手に取るのをずっと躊躇っていたのでありました。大莫迦です、自分。もっと早くに讀んでいればと大後悔ですよ。
まあ、確かに、あらすじを書こうとすると頭を抱えてしまうのも非常に、非常によく分かるのですが、どんなにトンデモな作品でもシッカリとあらすじを書いている当ブログとしてはここで引き下がる譯にはいきません。で、簡單に話の内容纏めてみますとこんなかんじ。
岩村先生からS君へ学校のプリントと宿題を渡してほしいといわれて彼の家を訪ねると、僕はそこで首を吊って死んでいるS君の死体を見つけてしまいます。
泣きながら職員室に戻って事情を話した僕は先生に送られてひとまず家に帰宅、妹のミカに今日の出來事を話していると、母親が怖い顏をして帰ってきます。ミカをミカと呼ぶな、先生が来ても何も話さないという母親に辟易としつつも自分の部屋でまんじりともせずにしていると、S君の家に行ってきたという岩村先生が刑事と一緒に訪ねてきます。しかし驚いたことに先生が彼の家を訪ねたところ、S君の死体は消えていたという。
死体が消えたことを不審に思う僕は、近所に住んでいるトコお婆さんのところに行き、神通力を使ってS君の死体の謎を解いてくれとお願いします。トコお婆さんは軍茶利明王の前で「オン アミリティ ウン パッタ……」という呪文を唱え、「臭いが」という言葉を呟くのですが、それが何を意味するのか僕にはサッパリ分かりません。
仕方なく家に帰った僕は、夕食のカレーライスを食べながら父さんに「人は、死んだらどうなるの」と尋ねます。中有などのコ難しい佛教用語を交えて転生について語る父さんの話を聞きながらカレーライスを食べ終えた僕は、S君に渡す筈だった作文を妹のミカと一緒に目を通します。
しかし悪い王樣について書かれたS君の文章は意味不明では僕にはよく分かりません。その一方、地元では口の中に石鹸を詰め込まれ手足を折られた動物の死体が見つかっており、僕はそのこととS君の死体消失との關連が気になります。
そんなこんなで一週間が過ぎると、S君は蜘蛛に転生して突然僕の前に現れます。僕は蜘蛛になったS君を瓶に入れ、ミカとともに、消失したS君の死体を探そうとする。事件当日の出來事をS君と一緒に考えた僕は、岩村先生が死体を隠した犯人に違いないと確信、先生の留守を見計らってその部屋に忍び込むと、少年を裸にして卑猥な悪戯をしている変態寫眞がワンサカ出てきたからさあ大変、更に帰宅した岩村先生はとっさに隠れた僕にも気付かず、裸のS君に卑猥なポーズをリクエストするビデオ観賞会をスタート、どうにかその場から逃げ出した僕は、ペド岩村先生がS君を殺した犯人じゃないかと疑います。
また岩村先生は性器とか喜悦とか怒張とか粘液とか懇願とか難しい漢字をズラズラ竝べた変態小説を書いているらしく、その本を図書館で見つけた僕は刑事に先生がS君を殺した犯人かもしれないと告げようとするのだが、……って、このあたりまでが物語の前半部分。
何だかこうしてバッサリと要約してしまうと、「呪われたジャイアンツファン」みたいな不條理テイストがムンムンしているお話に思えてしまうかもしれません。しかし實際の展開は讀みやすい文章とも相俟って非常に普通、奇異に感じられる部分さえ受け入れてしまえば、讀みすすめるのにまったく問題はありません。
やがてS君の死体は発見されるものの、今度はトコお婆さんが死体で見つかったりと、後半の怒濤の展開は素晴らしいの一言。消失した死体、残虐な殺され方をした動物の死体、更にはこの僕のパートと併行して語られる泰造という怪しい男の逸話も絡めて、眞相が解明される謎解きの部分は、キワモノの装飾部分とは裏腹に端正な論理で見せてくれます。
物語の展開や舞台などは完全にブッ飛んでいるものの、そういった装飾を退けてみると、その骨格は非常によく出來た論理主体のミステリというのが素晴らしい。眞相が明かされたあと、最後に再びどんでん返しが飛び出して、語り手の僕を取り巻く世界が変転する幕引きもいい。ロジックを主体としたミステリとしても、後半の二転三転する謎解きはかなりよく出來ていて、本格ミステリファンも滿足出來る仕上がりとなっています。
キワモノミステリマニアは勿論のこと、内容がまったくつかめないジャケ帶に惑わされず、普通のミステリファンにも讀んでもらいたい作品。おすすめ。