人間、灌木、虎男虎女、毛玉男に蠅男の大宇宙珍道中。
本屋で平積みになっていたところを見た時から「何だかヤバそう」という雰囲気ムンムンだったんですけど、とりあえず人柱ということで買ってしまいました。
あらすじを簡單に纏めると、人間、灌木、短気な虎男、ヒステリックな虎女、シュルシュル五月蠅い毛玉男や蠅男を乘組員とする宇宙艦ギガンテスは、植民地開拓を行う為に惑星バルガへ実地研究を行っていた研究員が全滅したとの報告を受ける。何故研究員たちは死亡したのかその原因を探る為に彼らは惑星バルガへと向かったのだが、……という話。
バルガの研究施設では研究員たちが首や手足を殘して胴体部分だけが消失したバラバラ死体となって発見されるのですが、研究員の一人、地球人の女性だけは撲殺死体となって見つかります。
ギガンデスの乘組員はバルガの研究施設へと乘り込んでいくのだが、短気な虎男は見えない怪物に襲われて御臨終。彼らは研究施設で見つかったウサギをギガンデスに転送しようとするのだが、その最中に黄色いモヤモヤがブワーッと出現して、ウサギは胴体部分のみを消失したバラバラ死体に大変身。果たしてモヤモヤの正体とは何なのか、そして神話として傳わる惑星バルガの正体とは……。
まず驚くのは、そのお子樣レベルのネーミングセンスでありまして、ノッケから耳山羊人(ミミヤギじん)だの菜葉樹人(ナハージュじん)だの氷電人(ヒョウデンじん)だの、一瞥しただけで頭を抱えてしまうような名前がズラズラズラーッと出てきます。更には亜空間通信でメールを送信しロケットで本が届いてしまうような作者のこと、全編に渡って、「過去から見た未来」のような何ともレトロな雰囲気が爆発、というか暴発してるところも見所でしょう。
探知機(センサー)、光測定装置(ひかりソナー)、亜空間聽光機(あくうかんレーダー)、水中聽音機(すいちゅうソナー)、電子頭脳(コンピュータ)、通信器(インターカム)、医療用微細機械(いりょうようナノ・マシン)、医療用立体映像解析器(いりょうようホログラフィーかいせきき)、電子手帳(でんしパッド)、ともうメカが登場するたびにこんな漢字がズラリズラリと竝べられるものですからタマりません。
また奇矯な登場人物たちの台詞もマンマ漫画の吹き出しのようで、中でも何かあるたびに「ガヲォ!」と吠える虎男は相当に鬱陶しい。もっともこの虎男は上のあらすじにも書いた通り、最後は「ガ、ガガアオゥ!誰か、助けてくれ!」「うわあぁぁ!助けてくれぇ!かっ、怪物だぁ!怪物だあぁぁ!ガオルウワアッッッッ!」と絶叫した末、絶命してしまいます。まあ、要するに捨て駒だったと。
で、この死んでしまう虎男もアレな譯ですが、同じ乘組員のヒステリックな虎女も相当なもので、「殺すわよ!ガルルゥ!」「ガヲッ!」「ガゥ」「私の族長樣!ガウルルルゥ!」「ガウゥ!」「ガヲゥ!」「ガウルゥッ!」といちいちガウガウ吠えまくるのがこれまたイタい。そのほか、蟹男は「ギ、ギギ……」「ギギギギ!」と呻き散らし、出番は少ないながらも毛玉男は台詞の冒頭に「シュル・シュ!」「シュル……ル!」と珍奇な音を発して存在感をさりげなくアピール。萬事が萬事こんな調子ですから、正直この奇天烈な作者のセンスに慣れるだけでもかなりの苦行。
更に人名や地名も、ギギギだのドスドスだのブスブズ、ボゴボゴ、トトココ・シクメともう幼稚園児の言葉遊びのような素敵なセンスで讀者の脳髄を直撃します。こんなかんじで全編が珍奇なルビのふられた漢字と、頭を抱えてしまうカタカナ言葉にまみれた文章でありますから讀みにくいことこの上ない。それに蘭子シリーズやサトルシリーズと違って、いつになく文章がモタついていて、作者らしいリズムが感じられないというのはどうしたことか。
前々から述べていますけど、二階堂氏の場合、どうにも小説の舞台装置をつくるのに巧みでないところが致命的な欠点で、本作ではこれが最惡のかたちで表出してしまったような気がします。思うに本作も傑作「カーの復讐」のように、何処かから借りてきた世界をそのまま使ってミステリ的な物語をくみ上げればかなりイケたのではないかと思うんですよ。例えば「キャプテン・フューチャー」とか「スタートレック」の世界をそのまま借用してしまうとか、そういう路線を選択する余地はなかったのかと思うんですよねえ。
「稀覯人の不思議」と同樣、作者が愉しんで書いているのはビンビンに傳わってくるんですけど、それが讀者から見れば異樣に空回りしていると感じられてしまうところが何ともですよ。もっともこれは自分が「普通の小説」を期待しているからでありまして、中にはこういうチープなセンスがタマらない、という奇特な方もいるには違いなく、そういう方には當に大傑作といえるのかもしれません。本作はSFミステリーとのことですが、自分的にはミステリ作家の手になる「平成三十年」といったかんじでしょうか。
ミステリとして見た場合、バラバラ死体の謎は中盤でほどなく解明されるものの、地球人の撲殺死体のトリックはなかなかいい。さらに神話を遡って二種族の関係に纏わる眞相が明かされるところはミステリ的な仕掛けが効いていて素晴らしいと思います。こういうミステリとして見た場合の結構はしっかりとしているのに、装飾部分が激しくイタいというところが「稀覯人の不思議」と同じでちょっと、というかかなり殘念ですよ。
もっとも「稀覯人の不思議」は業界人には大好評だったそうですから、本作も「そのスジ」の方々には絶讃されているのかもしれません。まあ、自分はもういいですよ、こういうのは。
ところで神話の中に登場する墨光蛇人(ボッコーダ人)っていうのは、半村良の「妖星伝」からインスパイアされたものですかねえ。何となくその音が似ているような氣がするんですけど。
幼稚園児の言葉遊びや珍走団の漢字センス、更にはレトロでチープなSF小説が大好きというマニアにはカルト的な伝説となりそうな怪作。二見氏の手になる本文イラストはかなり格好いいのですが、本作を讀んでいる間自分の頭の中では虎男や蟹男のパペットアニメが上映されていたことは内緒です。