「私が語りはじめた彼は」を讀んでいて思い出していたのがこの作品。「私が……」の最初の小説、「結晶」における二人の会話ですね。嘘と嘘の否定を繰り返しつつ、それがドンデン返しの積み重ねとなって会話のなかに見事な緊張感を生み出していくというその作風が、本作に似ているなと思った次第で。
会話、といっても本作の場合は二人の手紙のやりとりだけなので、嚴密にいえば会話ではありませんけども、この緊張感はまさしく「結晶」におけるものと同質のものではないかと感じました。
さて、本作のあらすじは以下の通り。
「矢部綾子、野口弓絵。二十年あまり姉妹のように信頼しあっていたが、弓絵の夫が癌で死んだのを慧琪に二人は愛憎をあらわにする。たがいの夫との深い交わりと、心の慘劇をつづる手紙のやりとり。そこに書かれた慘いまでの嘘と感情が、恐るべき愛の正体を伝える。一人の男の死を突破口に、人間存在そのものの謎を描ききった感動の傑作長編」(幻冬舍文庫裏ジャケより)
「人間存在そのものの謎を描ききった」なんて大袈裟なことを書いていますけども、そんなに氣張らずに讀み進めることが出來ます。長編といっても最近の文庫にしては薄いですし、あっという間に讀み終えてしまうでしょう。
本作の凄いところは、上に書いたように、最近の連城氏の作風に特徴的なドンデン返しの積み重ねという小技の應酬がある一方で、最後にビックリするような結末を用意してくれていること。あまり話題にはなっていない本作ですけど、その意味では最後の意外な眞相という初期の連城作品、……特に短篇に顯著であった持ち味を繼承しつつ、物語の進行においても小技を效かせて讀者を翻弄するという最近の趣向も見事に活かされていて、短いながらも読み應えは十分です。
三浦しをんの「私が語りはじめた彼は」とか讀んで、こういう作風が好みにあっていると思ったひとには是非とも手にとってもらいたい本作であります。