あの法月氏がダメミスに挑戦!――というほど大袈裟なものではないのですけど、非シリーズものゆえか、奇妙な結構や脱力のオチも含めて、「犯罪ホロスコープ」の作者とは思えないヘンテコなお話がテンコモリの一冊です。
収録作は、ストーカーまがいのキ印女とトンマな編集者、トホホ作家の三人が織りなす脱力の密室事件を描いた「使用中」、イヤ妻を殺したいダメ男が交換殺人に挑む「ダブル・プレイ」、腹話術の習得を目指す浪費妻にブチ切れた夫の受難が轉じてブラックな味付けへとハジける「素人芸」。
ディフィー―ヘルマン鍵交換をネタに秀逸なロジックで魅せてくれる「盜まれた手紙」、筒井かはたまた半村の軽ネタを彷彿とさせるネタを手堅く纏めた「イン・メモリアム」、収録作中、一番の異色作といえる猫をネタにした幻想小説「猫の巡礼」、「退職刑事」シリーズのパスティーシュながら例によって脱力のダイイング・メッセージネタが苦笑を誘う「四色問題」、これまたネタもバレバレながら巧みな展開で見事に讀ませるパスティーシュ「幽霊をやとった女」。
異樣なロジック・パズルを開陳しての緊迫感溢れる展開が最後には失笑ものの駄洒落ネタへと崩壞する「しらみつぶしの時計」、若書きのこっ恥ずかしい男女の心理描写が最後の眞相開示において敍情的なドラマを明らかにする佳作「トゥ・オブ・アス」の全十編。
まずもってごくごくノーマルな、法月ミステリらしい作品が少なく、パスティーシュものの「四色問題」にしろ「幽霊をやとった女」にしろ、バレバレのネタでマニアの失笑を誘い、膝カックンのような脱力の眞相に魂を抜かれてしまうような衝撃を受けてしまうという作品集ゆえ、先鋭的な物語を期待していると頭がブチ切れること請け合い、という、まさに取り扱い注意、の一冊であるところに着目でしょうか。
確かに法月ミステリとして見ればそのネタのレベルや緩さなど「異色」でありまた「異端」でもある譯でけども、ダメミスを偏愛するマニアとしてはニヤニヤと笑って愉しめることもまた事実でありまして、例えば最初を飾る「使用中」は、マニアでありながら少し頭のネジが外れているとおぼしき作家センセや、ミステリの知識がマトモとはいえないおとぼけ編集者、さらにはキ印女の造詣など、そのキャラだけでも充分に讀ませてしまうという一編です。
あとがきに「下ネタが入ったスラップスティック・コント」とある通りに、殺害場所がトイレの個室で、犯人もアレならこのコロシに卷きこまれる御仁もアレ、というアレ盡くしのキャラに宙吊りの結末と、確かにフツーの法月ミステリのファンからすれば、「眉をひそめ」かねない問題作。
「ダブル・プレイ」は、作者曰く「古風なジャンル小説の王道パターンをなぞっている」とのこと、――というか、そのオチまでをシッカリとトレースしてしまっているというところが苦笑ものの一編で、短編といえど時に捻りをくわえて先鋭的な作品へと仕上げる法月氏の作品としては、悪い意味で異色作、といえるカモしれないものの、ここでも惡妻と旦那のベタな關係やこちらの期待通りに展開していくアレな物語の趣向など、アンソロジーの中にチョコンと入っているのであれば沒問題ながら、こうして一冊の中に収録されているとどうにもアレなところばかりが際だってしまいます。
「素人芸」は、浪費家の妻が腹話術の人形を購入、それにブチ切れた旦那があやまって妻を殺してしまう、しかしお隣さんが警察を呼んだらしく旦那様危機一髮、――というお話。腹話術の人形が勝手に喋り始める、みたいな描写がそこはかとなく不気味さを釀しだしてはいるものの、そうした井上夢人的なおぞけが最後には脱力のネタへと急旋回、幕引きも妙にホンワカしていて、ネタ、展開、幕引きの乖離が激しすぎるところがもう大変。
「退職刑事」のパスティーシュである「四色問題」は、ネタこそ本家そのままにダイイング・メッセージを扱っているものの、事件に凝らした装飾が緩いエロに特撮戦隊ものという、これまた異色といえば異色、開き直りといえば開き直りともいえる苦笑ぶりがステキな一編です。推理のプロセスで明らかにされるロジックは正統な法月ミステリらしい堅実さを見せてはくれるものの、眞相に関してはあのクラニーでさえも口元に薄笑いを浮かべてしまいそうな脱力ぶりで、その前にさりげなく語られるゴロの逸話も眞相のレベルに合わせた失笑ぶりと、法月ミステリのファンがマトモに讀んだら魂を抜かれてしまいかねない一作です。
表題作である「しらみつぶしの時計」は、大変な数の時計の中から唯一つ正確な時を刻んでいるものを探し當てよ、というパズルに挑む「あなた」を緊張感溢れる筆致で描いた力作ながら、伏線を凝らした最後の眞相がまたまたクラニーも唖然、という駄洒落ネタで締めくくるという豪腕ぶり。法月氏があとがきでも述べている通り、寧ろ正解へと到るロジックを堪能すべき作品でしょう。
「トゥ・オブ・アス」は確かに若書きならではの赤面してしまうような男女の描写が際だった一編なのですけど、悲劇シリーズにも通底する敍情が美しいラストや、眞相が明らかにされた刹那に苦いドラマが現出する結構など、法月ミステリの風格をイッパイに感じられるところが好印象。
一編一編をアンソロジーなどで讀んでいけば、おおよそ「らしく」ない「異色作家短編」フウの風格も愉しめるとはいえ、一冊丸ごと異色と脱力と失笑をブチ込んだ作品集となると、どうにも正統正調な法月ミステリとのギャップにマトモな讀者は戸惑ってしまうカモしれません。個人的には「異色作家短編」というか、「ふしぎ文学館」というか、その脱力とニヤニヤ笑いが妙にクセになってしまいそうな風格など、寧ろダメミスっぽい雰囲気の濃厚なキワモノぶりを愉しんでしまったのですけども、フツーの本格讀みの方には完全に取り扱い注意、ということで。
人によっては本作をダメミスにカテゴライズしてしまう可能性もまたなきにしもあらず、なのですけども、ネタそのものは充分に水準以上という手堅さゆえ、ダメミスというよりは法月氏にしては異色のキワモノミステリとして愉しむことをオススメしたいと思います。