「時を巡る肖像」に續く絵画修復士御倉瞬介シリーズの第二弾。「時を巡る肖像」では事件の樣態や眞相も含めてやや小粒な印象が残ったのですけど、本作はなかなかに強烈な物語が勢揃い、非常に堪能しました。
収録作は、ほとんど山師としか思えないカリスマ・プロデューサーの自殺を巡って形而上的な眞相と乱歩風のからくり趣味が美しい融合を見せる「神殺しのファン・エイク」、姑獲鳥女の出産を引き金に隠されていた家族の構図が明らかにされる「ユトリロの、死衣と産衣」。
前衞芸術娘のコロシと壯絶女優の死に本格趣味の装飾が光る「幻の棲む絵巻」、ゴッホの死とネクラ女の謎めいた自殺をゴージャスに重ねてみせた力作「「ひまわり」の黄色い囁き」、とある美術館を訪れた探偵があるコトの気配に機転を利かせる敍情溢れる表題作「黄昏たゆたい美術館」の全六編。
いずれも絵画を扱った「美術ミステリー」で、そこに現代の事件と絵画やその画家に絡めた謎を重ねた結構ゆえ、畢竟、そこにはときにボンクラの理解を超えた形而上的な眞相が立ち現れるところも含めて大いに愉しめるものばかり。とはいえこうした風格がごくごくフツーの本格マニアの趣味嗜好からは離れてしまっているカモと危惧されるものの、そうしたコ難しいところを忘れてフツーに本格ミステリ的な事件を添えた作品としてオススメ出來るのが、毒殺に密室、ダイイングメッセージの三段重ねというゴージャスさが光る「ひまわり」」の黄色い囁き」。
とある絵画を巡って、ネクラ女が毒を呷り、自室でご臨終、というリアルの事件に、ゴッホの死の眞相を重ねた結構がキモで、件の耳事件にネクラ女が死の間際に耳を茶色く塗っていたという奇妙なメッセージを対照させるとともに、最後にはゴッホへ屆けられたある手紙に書かれていた「福音」の意味が二つの事件に強烈な反轉をもたらすという結構が素晴らしい。
茶色の耳という謎に關しては、登場人物たちがいずれもあからさまにダイイング・メッセージだ何だと騷ぎ立てない紳士ぶりが好印象で、メールに残していた一文とゴッホにまつわる絵画の謎が解き明かされていく中盤の展開、さらには生前のゴッホがやらかした奇行を彼の人間關係を綾に解き明かしていくにつれ、その耳の謎が緩やかに變容していくところもいい。
ゴッホとネクラ女の事件を精緻に重ね合わせたその構成に脱帽で、さらには手紙に添えられていた或る一言の謎を推理することでゴッホの死の間際の心情を明らかにしつつ、それがリアルの事件では犯人の恐ろしい奸計へとすり替わるという対比もまた見事。美術ミステリーという意匠を原理主義者にも分かりやすいかたちで示してみせた傑作でしょう。
ただ個人的な好みでは、姑獲鳥女の出産という京極ネタから、家族の隠された心象を明らかにしていく「ユトリロの、死衣と産衣」に惹かれました。
ここでネタとなっているのがユトリロの絵画なのですけど、本作では例えば「神殺しのファン・エイク」のように一枚の絵画から明確な謎を讀者に呈示することは控え、前半ではこのユトリロの絵のとある特徴をさらりと語るにとどめ、それがリアルの事件の謎解きの過程で、美しい象徴となって立ち現れるという結構が素晴らしい。
とある登場人物の、いかにも思わせぶりな行為がすぐさまマッタク別の意味を持っていたものだったという反轉を見せるところから、家族それぞれの心象とそれらを巡る構図が明らかにされていくところには、まさに仕掛けによって人間を描き出すという本格ミステリならではの技巧を堪能できるという逸品で、道尾ミステリのような外連味こそ控えめで、ごくごくアッサリと纏められた短編ながら、個人的には非常に印象に残る一編でした。
「幻の棲む絵巻」も、本格ミステリ的な事件の「強度」という点では非常に魅力的な一編で、まず美術ミステリーという側面からは絵巻の燒け跡に残された奇妙な謎が呈示される一方、前衞写真芸術によって犯人の犯行シーンがシッカリと写真に残されているという事件の見せ方から引き込まれます。
この作品では、犯行現場を寫しだした一枚の写真という事件の要素から見事な反轉を見せてくれる眞相も素敵なものながら、件の絵巻に絡めた眞相開示の方が遙かに強烈。燒け跡の謎を解き明かした刹那、そこに描かれていたもののの意味がまったく違ったものへと姿を變えてしまうという、これまた極上の美術ミステリーとしての愉しどころもシッカリと押さえた構成も素晴らしい。
「神殺しのファン・エイク」はシンプルなネタながら、カリスマ野郎の自殺が轉じてコロシとなるのかと思っていると、眞相は非常に形而上的なものへと落ちる意外性がキモ。非常に高尚な、ボンクラの頭では完全に理解を超えた眞相を呈示しながら、そこへ妙に乱歩っぽいからくり趣味が添えてあるところにニヤニヤしてしまうのは、――このハイソな絵画修復士シリーズでは御法度かもしれません。
表題作である「黄昏たゆたい美術館」は、とある美術館を訪れた絵画修復士親子が不穩な空気を感じてそれを食い止めるという物語ながら、そうした事件の進行よりも、腐女子が圭介クン萌えー、と甘い溜息をついてしまいそうな(オエッ)一作です。「美術館」の意味合いの變轉から新しい生命を吹き込まれるという幕引きと、敍情溢れる美しいシーンが印象に残る佳品でしょう。
いずれも絵画の謎と人間の心象をフックに据えた事件の構図と謎解きが見事に決まった作品をズラリと取りそろえた一冊で、連城ミステリ道尾ミステリが大好きという自分は大いに愉しめたのですけど、原理主義的な本格マニアは案外、そうした人間の心理心象に着目した事件の構図に物足りなさを感じてしまうのでは、という気もします。年季の入った本格マニアには「ペガサスと一角獣薬局 」の方がオススメ、かもしれません。