傑作。「光る棺の中の白骨」が収録されているというだけでも「買い」の一冊なのですけども、その他にも詩情溢れる幻想を論理によって解体するという本格ミステリならではの魅力が際立つ短編ばかりで、非常に堪能しました。
収録作は、龍伝説のある湖で起こった奇怪なコロシの真相を柄刀ミステリらしい大技トリックで魅せてくれる「龍の淵」、白骨死体に凝らされた詩美性と不可思議の極み、そして推理の暁に現出する情景美を極めた傑作「光る棺の中の白骨」、ペガサスとユニコーン出現騒動の背後に隠された意外性を描いた「ペガサスと一角獣薬局」、ワルどもに狙われる男が遭遇した不可思議と様々な伏線に隠された劇的なドラマが胸を打つ傑作「チェスター街の日」、「龍の淵」で語られたとあるブツに隠されたもう一つの事件が明かされる「読者だけに判るボーンレイク事件」の全五編。
文句なしに素晴らしいのが「光る棺の中の白骨」で、雪と氷に覆われたノルウェーを舞台に、奇っ怪なかたちで出現した白骨死体の謎を解く、――という物語。扉を溶接された石造りの小屋から、頭をまっぷたつにカチ割られた白骨死体が出てきて、というだけならごくごくフツーのミステリなのですけど、本作ではドアを溶接した石小屋を密室に仕上げた時期と白骨死体がこの場所に出現したタイミングのずれがミソ。
これをただ平板に語るのではなく、昔のオンナを忘れられない男の視点からガイシャであるオンナの過去の逸話を添えた結構も素晴らしい。この昔のオンナの追憶が真相開示の最後に美しいエピローグへと結実する構成も最高なら、この幕引きの情景がまた同時に白骨死体があのような不可解なかたちで彼の地へ出現するにいたった発端を描いて、隠されていたプロローグとなっているところも秀逸です。
当初は、扉を開けた刹那に犯人はどうやって件の白骨死体を運び込んだのかというトリックの解明を試みるも、それが無理だと判明するや、今度は件の白骨死体が昔オンナのエピソードとともにオカルトめいた逸話へと転じてしまうという謎の様態もいい。勿論、この不可思議を支えるトリックもまた一級品ともいえる素晴しいものなのですけど、個人的には、昔オンナの追憶が物語の舞台とも相まって抒情を盛り上げている風格や、エピローグとプロローグの巧みな結構、さらにはエピローグに溢れる詩美性が、そのまま事件の真相の背後に人智を超えた奇蹟のあったことを暗示している幕引き等等、この超絶トリックを支える様々な技巧も味わいたいところです。
「龍の淵」は最後の「読者だけに判るボーンレイク事件」とセットで堪能するべき作品ながら、トリックと事件の構図は他の収録作に比較するといささか煩雑なところが残念といえば残念、という一編ながら、個人的には柄刀ミステリでは定番的なトリックよりも、寧ろこの事件の背後に隠されたいたもう一つの事件と、今回の事件の發生を防ぐためにある人物が試みたあることなど、さりげなく書き流されている部分が印象に残りました。
構図の煩雑さが気になるとはいえ、龍の流木と異国の伝説を絡めた事件の雰囲気づくりは盤石で、何だか尻切れトンボみたいに終わってしまう構成に唖然としつつも、その内幕が最後の「読者だけに判るボーンレイク事件」で語られるところなど、一冊の本として見たときの構成も巧みです。
「ペガサスと一角獣薬局」は、タイトル通りにペガサスとユニコーンが信心深い田舎村に出現して大騒ぎ、というお話で、どうせペガサスとかユニコーンとかいっても、アレだろ、人間が何かイジくってそれらしいものに見せかけているッていう真相で、……なんて邪な考えが頭を過ぎるミステリ讀みの想像を巧みに交わしてみせるユニコーンの真相にはチと吃驚。
こうした奇想の情景には、犯人の奸計を超えたところで何かしらの偶発的な要素を入れざるを得ない、――というのは御大の作品などを典型に、今や本格ミステリではひとつの了解事項といえるものながら、そうした偶然を一切認めない原理主義的ミステリ讀みからすると本作の真相もまた納得できないのでは、――と不安になってしまうものの、個人的には本作におけるユニコーンに添えられたそれは非常に美しい、と感じました。このあたりは完全に好みかもしれません。
この作品でも、そうした不可思議の背後には人間の意志が働いている譯で、最後には探偵の推理によってこのあたりの動機が明らかにされるものの、本作でもエピローグの詩情がいい味を出してします。「トリック」という点では、収録作中、もっともシンプルで、「トリック」そのものが分からないまでも、讀者の予断を許してしまうものとはいえ、ここでも「龍の淵」同様、そうしたトリックを支えている諸要素を作者がどのようにして不可思議な構図へと組み上げてみせたのか、――その巧みの技を堪能したいところです。
「チェスター街の日」も素晴らしい逸品で、遺産狙いのワルどもに追われる男が軟禁場所から逃走するも、一昨日訪れた奇蹟の場所がスッカリ変わってしまっていて、――という話。似ているけどちょっと違う、となれば、これまたミステリ讀みとしては当然ひとつの假説を頭に思いうかべるのは必然で、主人公もそうした想像を巡らせてみせるものの、それでも一夜にして成長した大樹や、生き返った犬など、さまざまな怪異の説明がつけられない。果たして真相は――。
本作のトリックもまた泡坂氏の短編のアレをイメージさせるものながら、個人的に素晴らしいと感じたのは、このトリックによって真相が開陳された後も依然として残っている様々な謎――その細部がひとつひとつ、探偵の口から明らかにされていく課程で、それらの謎に添えられていた違和の背後に隠されていた登場人物たちの劇的なドラマが語られていくところでありまして、例えば、探偵が明かしたトリックでは「リアリティ」という視点からはやや納得できないところ、――例えば何故、大家は彼の顔を覚えていたのか、というところに対して、探偵は犬の甦りというもう一つの怪異の真相とともに、その謎に対して、大家の心に刻まれることになったあるドラマを明らかにしてみせます。
勿論、ここで探偵がさりげなく語ってみせるドラマは、この「トリック」を幹とすれば真相を解き明かしていく課程で生じた枝葉のようなものに過ぎないとはいえ、リアリティを補完するという本格ミステリ的な機能とともに深い印象を残します。これは監禁場所から脱出した主人公が出会ったとある人物の不可解な行動についても同様で、ここに主人公が感じた「奇妙な感慨」を伏線として、主人公には見えていなかった劇的なドラマを明かしていくという洒落た構成も素晴らしい。トリックを支える伏線と、違和に対する「気付き」を解き明かしていくことで隠されたドラマを描き出していくという本格ミステリならではの仕掛けが光る、まさに一級品の風格を持った傑作でしょう。
それと本作、巻末の宣伝文が秀逸でありまして、以下引用すると、
瞠目せよ
これが噂の「柄刀一」だ。圧倒的な構成力、
度肝を抜く奇想、
不意を打つ詩情。
驚くがいい。
推理小説とは、
ここまで凄い
ものだったのだ。柄刀一は、奇跡について、最も考え続けている
本格推理作家なのかもしれない。
「圧倒的な構成力」、「度肝を抜く奇想」、「不意を打つ詩情」とまさに本作の風格を完璧なまでに表現しえた煽り文句に痺れるとともに、「噂」の、っていったい何処で噂になっているんだよ、と軽くツッコミを入れたくなってしまう力みすぎのアジテートも微笑ましい。装幀の美しさとともに、非常にステキな一冊だと思います。オススメ、でしょう。