「X橋付近」は手に入れておらず、アンソロジーにて「賭ける」を讀んだだけなので、あまり強い印象を持ってはいない高城氏の作品ながら、本作はなかなか愉しめました。「硬質な詩情」とジャケ帶にもあるものの、男節をめいっぱいに效かせたシミタツなどに比較するとその詩情も控えめで、長編とはいえ、錯綜した事件とは対照的に簡潔な構成に纏めてみせたところなども含めて、一編の物語として見ると非常にストイックな佇まいです。
主人公は新聞記者で、三年前の沈没船事件を端緒とする事件を追いかけていくという物語で、舞台を海霧に烟る北海道に選んだところがまた獨得の個性を際だたせていて、これが都会だったらおそらくまた違った印象を持ったかもしれません。
解説に新保氏曰く、本作には「高城短編の長所も短編もひとしなみに、そのまま拡大されているという印象」で、その長所と短所とは、
ひとことで言うのは難しいが、物語も描寫も過剰な説明を排して簡潔、しかし素っ気ないわけではなく、一種の詩情をたたえているのが一番の美点だと思う。だがこれは両刃の剣でもあり、結末に要求される絵解きまでもが、あまりに簡潔なため、時として事件の真相はどうだったのか呑みこみにくい。
とのことなのですけど、個人的には不思議とそれが缺点とは感じられませんでした。というのも、本作では、事件は探偵役となる主人公の視点から描かれるという、ある種の定型を維持しながら、この探偵が沈沒船事件に首を突っ込んだばかりに左遷させられたりといったかたちで、その背後にはいかにもな陰謀劇が隱されていることを匂わせつつ物語が進みます。しかし最終的に明らかにされるのは、陰謀というような筋の通ったかたちではなく、ある種のくずしのような、現代本格では見慣れた光景が現出する。
この眞相が陰謀劇のような、この種の物語の定型のかたちを伴ってい、「犯人」の意志が事件の端緒から完結までを貫徹しているようなものであれば、眞相開示という推理の課程もまたひとつの讀ませどころとして畫然とした結構を持っておく必要があるのでしょうけども、そんな定型を裏切る本作の眞相においては、寧ろいたずらに謎解きに重きを置いた構成はかえってアンバランスなものになってしまったのではないかな、という気がします。
そしてこの眞相がまた舞台の全編を覆っている海霧の情景と見事に照応しているところも秀逸で、それがまた三年の時を隔てた怪死事件という陰謀劇を匂わせる事件の樣態を持ちながらも、物語の展開や登場人物たちの、事件事件とアタフタしない雰囲気に似合っているところも素晴らしい。
コロシを追いかけるのに探偵探偵、事件事件とシャカリキにさせない人物造詣や、海霧に包まれたグレートーンの物語世界といい、アマゾンの書評にもある通り、個人的には水上勉の長編に近い風格が感じられます。ハードボイルドとしては薄い、とか、謎解きが足りない、というふうに消去法で見るよりは、作者が舞台の情景や登場人物の造詣に託した企図が推理小説的な結構の中でどのようなかたちで達成されているのか、というあたりに着目しながら讀んでみると、その「短所」もまた違ったふうに見えてくるような気がするまのですが如何でしょう。
とりあえず、本作が全集の一、ということなので、續いてリリースされる短編にも大いに期待したいと思います。