昨年は怒濤の短編集リリースで本格ファンの乾きを癒してくれた石持氏の新作。今回は長編で、「評価を高からしめた倒叙式ミステリーの第二弾」とのことで、今回もかなりひねくれた趣向で見せてくれます。
癌で余命いくばくもない会社の創業者が、男に殺されることを志願。保養所に男を含めた社員を集めて、彼がしっかりと「仕事」を果たせるよう色々とお膳立てをしてあげるのだが、果たして男は爺を殺すことが出來るのだろうか、――という話。
物語は殺され志願の爺と、爺を殺したい男の二つの視点から描かれていきます。実をいうと中盤まではちょっとダルくて、こりゃあ今回はハズレかな、なんて感じてしまったのですけど、例によって冷徹推理マシーンの探偵女が頭角を現してきてからは俄然、面白くなってきます。
中盤まであまり引き込まれなかったのは、この系統の倒叙ものでは定番の、「いつ殺されるのかな」という期待を持ちつつ讀み進めてしまったのが原因でありまして、こういった「讀み」をすると、最後までコロシのシーンは現れないという結構ゆえ、自分のように途中で飽きてしまうかもしれません。なので、まず最初に強調しておきたいのですけど、コロシは最後の最後まで発生しません、――というか、そのシーンも実はかなり考えさせられる描写で幕、となっておりまして、このあたりを讀者にゆだねるような書き方がされています。
本作の場合、このコロシのシーンの後に犯人が徐々に追いつめられていくという倒叙では定番中の定番の結構ではないことを理解しつつ、コロシが実行されるまでの樣々な「ずれ」とその背後で祕かに進行しているあるものの不可解な意志の内實を推理していく、という讀み方をするのが吉、でしょう。
例えば殺されたい爺は男がシッカリと仕事を果たしてくれるよう、樣々な氣配りを見せるのですけど、ある時から自分の意志とは離れたところで別の事態が進行していることに気がつきます。それはいったい誰の手によるものなのか、そして何故、という推理がそこで展開され、それがまた疑心暗鬼を生み出して、――というところは再讀するとなかなかにスリリング。
今回は何しろ登場人物がごくごくフツーのサラリーマンという設定ゆえ、一見すると、石持ワールドでは定番の、世間樣とはズレまくった倫理感を持ったイタキャラは少ないように思われるものの、よくよく考えてみるとやっぱりヘンで、例えば今回、研修という名目で集められた社員も、その研修の本当の目的というのがアレだったりと、何だかつがいをつくるためとでもいわんがごとき、人間を動物のように扱う社長の思想は相當にヘンテコだし、今回の事件の動機にも關わるところでは、人を殺して会社を大きくいたしましょう、とでもいうかのようなトンデモ思想はやはり異常。
「心臓と左手 座間味くんの推理」の一編、「再会」に登場した激烈イタ女のようにあからさまな毒こそないものの、石持ワールドの会社は、プライバシーや人權もフッ飛ばして素行調査を行ったり、或いは今回のように研修の目的が離職者を減らすためとはいえ、そのやりかたがアレだったりと、やはり一般的な價値觀から乖離したヘンテコ風味は相當に強烈です。
以下は、ちょっとネタバレ氣味なので、未讀の方はスルーしてください。
本作最大の見せ場は、自分を殺してくれるであろう男との阿吽の呼吸を求める爺と冷徹推理マシーンである令孃との對決シーンだと思うのですけど、この推理の中で明らかにされる眞相は、いうなれば操り合戦とでもいうべき樣相で、「犯人」對「探偵」という視点から見ると、そもそもここで指摘されるべき「犯人」は未来の犯人であり、「真犯人」たるべき人物が被害者であるという顛倒した設定から、捻れたかたちで探偵との對立シーンを描いてみせるところなど、拔群にヒネリを效かせた結構が秀逸です。
さらに阿吽の呼吸で呼應すべき「被害者」にして操りの首謀者である爺と男の圖式の中に、探偵自身がこの操りの陷穽を突いていくという背後で進行している事態を、爺の視点から描きながら、それを倒叙のかたちに組み立ててみせることで「謎」として成立させてしまうという設定はまさに見事。さらに操りの首謀者である彼の視点から對立シーンを描くことによって、探偵の推理が同時にそれらの「謎」をつくりだしていた「犯人」であったという「犯行」の告白になっているという顛倒もステキです。
そしてこの對決によって「探偵」であり「犯人」でもある人物からある種の毒を盛られた操りの首謀者が、「探偵」の語らなかった動機の側面からある決意をすることをフックとして、含みを持たせたラストへと繋げるという趣向もまた見事で、あらすじに書かれてある「殺人を遂行させた後、殺人犯とさせない形」を顛倒させることで、再び冒頭に戻ったときにはじめて「保養所内で人が死んでいる」という表現のうまさが分かるという趣向も洒落ています。
自分は初讀時にちょっと讀み方を間違えてしまったので、100パーセント本作の愉しみどころをすくい取ることが出來なかったのですけど、本作のねらいを理解していれば中盤の展開も大いに愉しめると思うし、捻りをきかせた樣々な趣向にニヤニヤしてしまうこと請け合いでしょう。
あとこれは全然本編とは關係ないんですけど、今回のジャケの中に一名、石持氏にソックリな人がいるのは、――偶然ですかね。