PHP出版からのリリースで、なおかつタイトルが「賢者の贈り物」となると、何だか成功本とか輕いエッセイ風のハウツー本かな、なんていうフウに勘違いしてしまうのですけど、内容はというと、フツーの價値觀からは微妙に乖離した石持ワールドの住人が日常のフとした謎に妄想推理を爆発させるという逸品で、個人的には近作の「君の望む死に方」よりも堪能しました。
収録作は、男がケータイショップで妄想三昧の小市民推理を爆発させる「金の携帯 銀の携帯」、自宅での飮み會に片方の靴を忘れていった女の思惑に想像の斜め上を行くワイガヤ推理を開陳してみせる「ガラスの靴」、病にブッ倒れた社長に後繼者を選んでほしいとお願いをされた男の煩悶「最も大きな掌」。
カンペづくりを奨励する奇天烈学校を舞台に片思いの女がとあるブツから男の眞意を妄想する「可食性手紙」、妻から送られた奇妙なブツに後輩と妄想合戦を大展開させる「賢者の贈り物」、謎女と過ごした恍惚の三日間の後に渡されたモノへ託された彼女の思いとは「玉手箱」。
無口な彼女の眞意を巡って假説が二転三転を見せる「泡となって消える前に」、社内の同僚がアンマリなお節介に奔走する「経文を書く」、失恋から華麗なるコニーへと変貌を目指す女の戀妄想「最後のひと目盛り」、フと耳にした一言から株價暴落を察知した男のとった行動とは「木に登る」の全十編。
コロシも密室もアリバイ崩しも一切ナシ、という風格ゆえ、これまたミステリとはいえ讀者を選びそうなものながら、「R」が愉しめた人はまず安心して愉しめるという一册で、日常生活の中でちょっとした謎が提示され、そこに本人が妄想推理を大展開させるか、或いは彼彼女の仲間がワイガヤで解決する、はたまた相談を持ちかけられた人物が樣々な假説を繰り出してみせるという結構です。
何しろ冒頭にサラリと謎が提示されるのみで、その後で眞相に到るための伏線が補強される譯でもなく、推理といってもそのほとんどは妄想といってもいいような代物でありますから、このあたりに實直な解決を求める向きにはやや評価が分かれてしまうのではないかと推察されるもの、妄想がグルグルと頭を驅け巡る展開が最高に愉しめるのが冒頭の「金の携帯 銀の携帯」。
ケータイが故障したのでショップにいって新しい機種の購入を決意したものの、店員は五万圓と五千圓がチャージされている二つの携帯を差し出してきたから困ってしまう。果たしてこんなオイシイ話があるものかと男は樣々な妄想推理を繰り出していくのだか、――。
小市民ならではのオドオドした性格から相手の眞意を探ろうと執拗に妄想推理を大開陳させる展開がキモで、假説の檢証とその脱臼がシツコイくらいに連打される展開そのものが素晴らしい。
ごくごくフツーの生活をしているというのに、讀者が意識している社会の規範からは微妙にズレている登場人物たちも勿論健在で、例えば「経文を書く」では、ワインにハマり過ぎた会社の同僚を皆が皆心配してどうにかそいつをやめさせねばならん、というところから、ではどうしたら良いものかと皆で知惠を出しあう、――という展開で、社員の悪い趣味を「カイゼン」させるために「ワイガヤ」を行うというのは社畜たる日本のリーマンとしてはごくごくノーマルな思考プロセスながら、そもそもが社員の趣味にまでカイゼンを施そうとするお節介ぶりはかなり異常。
さらには結果を求めるためなら如何なる手段もいとわずと、件のボーイが席を外しているスキを見て、彼が机の上に擴げていたパンフをこっそりコピーしたりという具合で、社畜にはプライバシーもナシ、という社風にも石持ワールドらしい毒毒しさが感じられて二重丸。
ささやかな謎から妄想とも推理もつかないものが流れるだけの作品ばかりではなく、そこにシッカリと趣向を凝らしてあるところも素晴らしく、例えば「玉手箱」では、「扉は閉ざされたまま」のような禁則を設けてそこから推理とサスペンスを重ね合わせてみせるという結構が秀逸です。
とはいいつつ、ここでもやはりロジックよりも登場人物たちの奇妙な思考、不可思議な振る舞いが気になってしまうところが石持ミステリでありまして、ヒョンなことから知り合うことになった瘤つきの女性と仲良くなったボーイが、子供の留守をいいことに彼女と恍惚の三日間を過ごすことに。
しかし最後の日に愛の告白をされたのはいいものの、妙な箱を渡されて奇妙な謎かけをされたからたまらない。箱を開けるべきなのか、それとも、――とボーイは彼女との日々を思い返しながらその眞意を探ろうとするのだが、……という話。
普通であれば、このボーイと女との間には絶對に肉体関係がある筈なのですけど、坊主のいない間に過ごした三日間について、そのあたりの描寫を巧みに避けているところがちょっと不思議。こういった男女の心の機微を謎に据えた風格といえば、まず連城ミステリが想起されるものの、本作では何故か登場人物たちの奇妙な振る舞いを作中のリアリティと素直に受けとめることが出来ない自分はちょっとアレ(爆)。
「玉手箱」では微妙に男女の「なまなましい」關係をスルーしてみせた一方、「可食性手紙」では、女の視点からボーイがくれたカンペの謎を妄想しつつ、最後には非常に生理的ななまなましさを根據にボーイの眞意を受け取めるというフウに、やはり男女の戀物語をミステリの結構に收めるにしても、世間の感覚とは乖離した毒を含めずにはいられない、――という石持氏の矜持を見せつけられたような気がします。
装幀も含めて非常に地味な一册ながら、日常のささやかな謎に妄想推理を大開陳させるという構成で纏めつつ、そこへさらに石持ワールドの毒をシッカリと塗してあるという逸品でありますから、感動テイストは薄味ながら、石持ミステリに精緻な論理が繙かれるプロセスの愉悦を求める御仁は勿論のこと、石持ワールドにキワモノのスメルを感じてグフグフと忍び笑いを洩らしてしまうような奇特なマニアも大滿足、特に「R」がツボだった人にはオススメしたいと思います。