一讀すると、トリックに謎解きというオーソドックスな結構を持った本格ミステリながら、よくよく讀むと何気に凄いことをやらかしているという短編集。
収録作は、ハードボイルドな探偵を語り手に、柩の中から見つかったトンデモ死体、というコロシに、探偵が紡ぎ出す超絶推理が事件の様態を二転三転させる技巧が素晴らしい「届けられた棺」、ドラキュラ殺しに古典ミステリでは定番の足跡ネタを際だたせた「血を吸うマント」、巨大な塔の消失という豪快ネタがシンプルな謎解きで繙かれる「霧の巨塔」。
首切り死体の大盤振る舞いに霞ミステリでは定番の死体遊びとトンデモな動機が明かされる「首切り監督」、透明人間ネタが推理の起点となる秀逸な「気付き」によってトリック解明即、犯人指摘という美しい流れと交差する傑作「モンタージュ」、スタント殺しにブラックさと哀しさを添えた幕引きがいい「スタント・バイ・ミー」、トンデモトリックという点では収録作随一の不可能犯罪ものである「死写室」、問題編と解決編に分けて、便所に首をつっこんでご臨終という奇天烈死体の謎解きを行う「ライオン奉行の正月興行」の全八編。
ちなみにジャケ帯は本作を映画に見立てて、「単行本特典として書き下ろし三本を収録したスペシャル・エディション」と書かれてあるのですけど、掲載が「小説新潮」という、本格マニア向けではない、どちらかという普通小説誌ゆえ、雑誌に掲載された作品はすべて、事件から謎解き、そしてトリックの添え方も含めた結構はごくごくオーソドックスなものにとどめています。
その意味で、霞氏らしいトンデモさと超絶技巧が堪能できるのは単行本特典の書き下ろし三本でありまして、特に「届けられた棺」と「モンタージュ」が素晴らしい。
「届けられた棺」は、棺の中から死体がご登場、という一見するとごくごくフツーの殺人事件ながら、本作で際だっているのはこのシンプルな事件の様態が探偵の謎解きが進められていく課程で、見事な「化身」を見せていくというところでありまして、この點、謎解きのプロセスそのものに壮大な見せ場を凝らして現代本格の新境地を拓いた愛川氏の「道具屋殺人事件──神田紅梅亭寄席物帳」と比較してみたくなってしまう逸品です。
その「化身」がまた本格ミステリマニアを唸らせる様々な趣向に満ちていて、この「トリックが化身してい」く見せ場の最後には、霞ミステリの真骨頂、精緻な消去法までを開陳してみせるという贅沢さ。事件の端緒こそシンプルなものの、ここから本格ガジェットを推理の過程の中で繰り出していくという結構が素晴らしい一編でしょう。
「モンタージュ」はジャケ帯にある「透明人間」を扱った、これまた超絶技巧が冴えた逸品で、密室殺人めいた起点に目撃者たちの証言を添えることによって、事件の様態を迷宮化してみせる描き方がうまい。この矛盾と違和感にある絶妙な「ずらし」を組み込むことによって、さながらパズルのピースのように眞相が解き明かされていくというスリリングな推理の見せ方もステキなら、そうして事件の本当の姿が明かされた瞬間にピタリと犯人が当てられるという謎解きの美しさにも注目でしょう。
ある意味、「モンタージュ」の趣向にも通じるのが「霧の巨塔」で、「モンタージュ」が透明人間であればこちらは大きな建造物が消えてしまうという豪快なもの。これもまた眞相はなアんだ、というようなものながら、ここにも建物の消失のほか、怪異にも似た様々な事象を伏線として添えながら、謎解きの課程でそれらが連關されていく実直推理に満足至極。
霞ミステリのもう一つの魅力、死体遊びにバカミス的奇想がご所望とあれば、「首切り監督」がオススメで、二つの首切り死体にこれまた、首切断の理由のトンデモさがハジけていてニヤニヤしてしまうこと請け合いです。
またバカミス的奇想では、「死写室」も見逃せない一編で、「モンタージュ」で見せたような仕掛けかと思わせておいて、こちらはまた違った意味で口アングリとなってしまうトリックが明かされます。フツー、このトンデモなトリックを見抜くのは無理だろ、と思われるものの、登場人物が口にしていた違和感を「気付き」にしてこのネタを開陳してみせる探偵の謎解きには参りました、の一言しかありません。
いずれの作品も、コロシが起きて、ハードボイルド探偵が謎解きを実行、眞相開示の後にはオツマミ程度にその動機を明かしてジ・エンド、という結構で、推理の課程の見せ方や「気付き」に超絶技巧を添えた趣向を取り揃える一方、物語の構造そのものはいたってシンプルなところから、讀後感は意外とアッサリしています。
短編ゆえの地味さ、というのもあるのですけど、その実、よくよく読み込むと何だか凄いことをやっていることがよく分かる、という一冊でしょうか。個人的には霞ミステリの魅力を凝縮した消去法の美学へ推理の課程そのものに大きな見せ場を構築してみせた傑作「届けられた棺」と、絶妙な「ずらし」によって事件の様態を誤認させる技巧とその逆を見せる謎解きが美しい「モンタージュ」の二編だけでも買い、だと思います。