アンソロジーに収録されていた「くすり指」しか讀んだことのない自分にとっては、非常に新鮮な体験でありました。まさにふしぎ文学館、といえる一冊で、「Ⅰ 怪異? 推理?」と題したミステリ的な趣向の三編、「夜想曲」、「くすり指」、「死を蒔く男」、そして「Ⅱ SCIENCE・FICTION」という通りにSF的な設定を活かした五編「東京湾地下街」、「見張りは終わった」、「確率空中戦」、「みどりの星」、「御国の四方を」、最後に幻想小説や美しい奇譚を纏めた「Ⅲ 幻想と浪漫と」には「河太郎帰化」、「瀧川鐘音無」、「新版黄鳥墳」、「玉手箱のなかみ」の四編の全十二編を収録。
個人的にもっとも愉しめたのは、第三部の「幻想と浪漫と」で、あらすじを簡単に纏めると河童の恩返しになってしまう「河太郎帰化」は、河童という怪異の存在の生きる時間と人間界の時間とのずれから、いい話に終わる筈だった恩返しがトンデモないことになってしまう、という物語。
河童が恩返しをしようとして人間世界に戻ってきてみると、件の御当代様はすでに亡くなってい、仕方なくヤクザでどうしようもない駄目男の子孫に恩返しを試みるものの、奴隷同然にコキ使われる羽目に。波瀾万丈ともいうべき散々なお話を河童を語り手に描いた物語ながら、この河童のお話が始まる前振りとして、巡査の語りをその外枠に凝らしてあるその結構が秀逸で、これによってその中で語られる河童物語が哀切とユーモアを交えた人情物語としての風格をより際立たせているところがいい。
「玉手箱のなかみ」は、玉手箱を開けてしまって爺さんになってしまった浦島太郎のところへ、未来からタイムマシンに乗ってやってきたという奇妙な男が現れて、――という話。タイムマシンと玉手箱のシステムの違いなど、時間SFとしての辻褄を合わせてみせる手堅さや、そこから浦島を中心に据えた物語の枠組みの外にいた人物を終盤にシッカリと登場させて美しい恋愛物語へと纏めて幕とするするところなど、SF的な奇想と人情物語を見事に融合させた傑作でしょう。
語りの入れ子という結構が人情物語としての風格を際立たせていた「河太郎帰化」と同様の趣向が活かされているのが「新版黄鳥墳」で、こちらも警官が怪しい男を見つけて声をかけるや、件の人物はその所以を語り始め、――という導入部から引き込まれます。
男が青い彼岸花を探しているというその理由は、というところから物語は男の奇妙な語りへと移り、ここにも時間のずれというSF的な趣向に添えて「奇しき因縁と不思議」の物語が描かれていきます。
この入れ子の中の物語が面白くいゆえ、男が探していた青い彼岸花のことなんかスッカリ忘れてしまっていると、鶯が重要な意味をもってやや意想外な展開に至るところなど、SF的な舞台設定の中で人間を見事に描き出しているところは、収録作の中ではもっとも美しくまとまっている一編といえるかもしれません。
「Ⅰ 怪異? 推理?」の中では、もっとも長い「死を蒔く男」が秀逸で、不可解な失踪事件に町中で発見されたドロドロしたものの正体を繋げてしまう強引な推理がステキながら、それとは対照的に、ドロドロのブツを検証して犯人の用いた凶器を推理してみせるという細やかさも見せるところはかなり意外。
中盤から後半までのサスペンス溢れる展開も含めて、海野十三的な奇想とトンデモがハジけたところがツボながら、それでも登場人物たちが揃いも揃って「だヨ!」なんてかんじでチャキチャキの江戸っ子の語りであるところが個人的にはかなり個性的に感じられ、――というか、「だナ」というフウに語尾をカタカナにする語り口を耳にすると、どうしても往年の「NAVI」や「間違いだらけの車選び」の徳大寺御大の顔がボワーッと脳裏に浮かんでしまうところがちょっとアレ(爆)。
「Ⅱ SCIENCE・FICTION」の中では、「東京湾地下街」のような、ベタベタな近未来の暗黒世界を描いたものよりは、「見張りは終わった」のような不気味な雰囲気を漂わせた作品が印象に残ります。奇妙なシグナルも無視してアヤしい星に降り立った地球人が知るにことになったトンデモな事態とは、――という、これまたある意味定番的な物語ながら、「ですナ」「言うなヨ」なんていつもの口調は控えめに、邪悪な存在と地球の危機が語られていきます。
件の語り口に独特の個性があるとはいえ、SF的な舞台に展開される物語にしろ、幻想譚にしろ、不思議と古さは感じられず、特に「Ⅲ 幻想と浪漫と」に収録された作品には、三橋一夫などにも通じる奇想と人間に對する暖かいまなざしが感じられかなりツボで、ふしぎ文学館のシリーズのファンの中でも、和モノの奇想小説をご所望の方にオススメしたいと思います。