おそらくふしぎ文学館の一册でなかったら手に取ることは無かったであろう本作、しかしその中身はというと、妖しげなエロスと死の芳香が強烈な幻視の情景とともに描かれるという、まさに怪奇幻想、奇妙な味の小説としても一級品の作品が目白押し、という素晴らしさです。
収録作は、腫れ物オブセッションに取り憑かれた男と戀人との不気味な交流を淡々と描いた「暗闇の声」、イタズラ電話の背後に隱された祕め事に仕掛けを添えた「電話」、鰻屋兄妹の引きこもり生活に隱微な関係を妄想する「出口」、記憶のあわいに甦る美女の悲哀を戦争の影に託して描いた「廢虚の眺め」。
押しかけ厨とキ印爺の振る舞いをプロ作家の視点からユーモラスに描いた「未知の人」、幻想的な人形焼却の儀式に女のエロスを絡めた「人形を焼く」、結核男の因果な戀が怪異のような怖さを引き起こす「埋葬」、性に目覺めた女子高生がおぞましい男の本性を幻視す「蠅」。
男女のエッチが高橋葉介みたいなブラックなオチで決まるショートショート「あいびき」、ロリ男に見初められた幼女が心の闇を垣間見る「古い家屋」、多淫女中の男漁りに暗い影を見る「百メートルの樹木」。
不気味男が語る戦中の因果譚「曲がった背中」、双子の片方と結婚した男が不條理な妄執にとらわれていく「雙生」、童貞男がホの字の多淫娘に捧げる命を賭けたマジック「手品師」など、全三十編。
なかでも隱微なエロスを添えた作品が際だっていて、兄弟の近親相姦を妄想させる「出口」はかなり強烈。フラリと覗いた家は店を構えているわけでもなく、何でも鰻の出前だけをやっているという。そしてその主人というのは妹と二人で家の中に引きこもっているというのだが、――。
近親相姦を暗示させ、そこに一つの家を舞台にしたところなど、コルタサルの名品を彷彿とさせるところも素晴らしければ、これまたエロティックでありながら、綺堂の「鰻に呪われた男」を挙げるまでもなく、不気味な存在である鰻というブツをセレクトした慧眼もステキです。とくに終盤で主人公が鰻の肝で妄想するシーンは相當にエロく、またその妖しくも不気味な光景を想像するにぞっとしてしまうという逸品でしょう。
怖さというところでは「古い家屋」も相當な一編で、道端でロリ男に声をかけられた幼女がその男の家に誘われて、――という話。これは幼女の視点から描いているところが秀逸で、ロリ野郎が幼女に留守をまかせた後の展開がおぞましい。特に幼女が見たあるものは何だか夢に出てきそうなほどで、強烈な印象を残します。
また「埋葬」もあからさまな怪異ではなく、そこで描かれる逸話はごくごく日常の中でも起こりえるリアルに立脚したものながら、それらのエピソードの因果が明かされずにヒロインを直撃していくところが怖い。
結核男に好かれてしまった娘っ子が男から子猫をもらうのだが、男はその後、自殺。もらった猫を捨てるわけにもいかずに困っているとやがて、――という話。このなかではとあるものが家に現れてウロウロする逸話がイヤーなかんじで、それをまた素っ気ない文章で淡々と描き出しているところがよりいっそうの怖さを引き立てています。
エロスに対する強迫観念が引き起こす幻視の情景も本作の見所の一つでありまして、中でもショートショートほどの長さの「蠅」が凄い。性に目覺めた女子高生がムラムラしてきて、一人でこっそり裸になって淫らなお遊びに興じるシーンから始まる本作、タイトルとはマッタク關係ないような展開で進むものの、最後の最後、思いもよらないところから「蠅」のおぞましい意味が明らかにされる一編です。
「電話」はかかってくる間違い電話に絡めて、夫の謎めいた行動を解き明かしていくという、ミステリ的な展開で進むのですけど、登場人物の手によってアッサリとした推理がなされるものの、その後に作者が自らぎこちないかたちで眞相を明かしていく、という結構です。この後日談的な作者の語りが裏の裏を開陳するというところが面白い。
この「電話」や、「埋葬」など、決して明かされることのない秘密、心に隱したままの秘密、というのも収録作に共通した風格に感じられ、表題作の「暗闇の声」は、體に出来た吹き出物を隱し通そうとする男の祕め事がそれ以上の何事かを予見させる描き方がいい。これまた何となくイヤーなかんじのするお話です。
「煙突男」や「いのししの肉」など、どことなくユーモラスな作風の作品も收められているのですけど、その中ではやはり作家が押しかけ厨や癲狂院から送りつけられてくるキ印の手紙に悩まされる「未知の人」が面白い。
押しかけ厨といっても本作の場合は看護婦をしている女で、ひっきりなしに電話をかけてきてはその感情も次第にエスカレートしていく様が強烈で、
「もしもし、これから伺いたいのですけれども」
「今日は忙しいからダメです」
翌日、また電話。
「これからお伺いします」
「ダメです。あなたとは会いたくない」
また電話。
「すぐ伺います」
「ミザリー」やリアル世界での胡桃沢耕史センセにみたいにならずに、最後はホッとするような童貞君の逸話でしめくくるところがユーモラスで好感度大、という一編でしょう。
ユーモア風の作品もアリ、という譯でよくよく讀みかえすとバラエティに富んでいるように感じられるものの、いずれもエロスと強迫観念の際だった作風はかなり刺激的で、特に「埋葬」、「古い家屋」の二編は恐怖譚としても傑作でしょう。怪奇幻想小説、不気味さの際だった恐怖譚をご所望の方に、是非ともオススメしたい一册です。