ふしぎ文学館の中でも、何でも本作は「現代恐怖小説シリーズ」とのことで、次第に不安を煽っていく展開、生理的なイヤ感を肥大化させた描寫の數々など、とにかくおぞましさと怖さの際だった傑作集です。
収録作は、淡々とした葬式の描寫からぞっとするようなあるものの怖さが立ち上ってくる「葬式」、淡々と惡夢に絡め取られていく課程を描きながら期待通りのイヤ感溢れる幕引きで見せてくれる「元気でやってるかな」、妊娠妻のおぞましくも哀しい思いが起こした怪異「怪我」、自分とうり二つの男が日常を侵食していく「寢ぐせの男」。
妙なバスに乘ることになった男の顛末をファンタジックに描いた「うそのバス」、魔性女の手料理に隱されたウップオエップな眞相とは「挽肉の味」、空中を飛来する謎の存在とその被害者の死体処理を請け負った男の物語「鮫」、謎ペットの飼育がやがて地獄のカタストロフを召還する「獣がいる」等、全十一編。
いずれも物語がイヤな方、イヤーな方向へと轉がっていく展開が素晴らしく、読者の不安な想像力を先讀みするかのように、主人公なり、彼が關わることになったあるものがおぞましいものへと次第次第に變じていく課程を、飾り氣のない淡々とした文体で描き出していくところが素晴らしく、冒頭の「葬式」からしてそのあたりの恐怖度はもう完璧。
最初のあたりは葬式に訪れた連中の行動をごくごくフツーに描き出しているだけだったのに、やがてそれがイヤーな方へと捻れていく展開が秀逸で、とある人物の動機と行動に込められたおぞましき顛倒が明かされた瞬間、それまでの不穩な空気が恐怖へと轉じる構成も素晴らしい。
「元気でやってるかな」も同樣に、読者は分かっているのに主人公だけがそれを知らずに惡い方、惡い方へと轉がっていく物語で、フと思い出した旧友をふらりと訪ねていくと、――という流れなど、筒井康隆の「鍵」あたりを彷彿とさせるイヤ感もまた格別。
不穩な空気の実態をつまびらかにせずに話を轉がしていく手法が見事な效果を発揮しているのが「挽肉の味」で、知り合った女と大滿足のエッチ三昧ながら、女の手料理の味がどうもおかしい。そういえば女はあれだけ艶っぽく乱れてみせるものの、自分は彼女のアソコを見たこともない――。女の正体のしれない不気味さとともに、挽肉料理のブツをそれとなくほのめかしながら奈落へと落ちていく男の怖さを描き出した傑作でしょう。
「怪我」は、妻が何やら不審死を遂げたらしいことが語られ、それには彼女の妊娠と事故が大きく絡んでいる樣子なのだけども、その怪我の正体とともに事故との連關が中盤で明らかにされることで、この妻はいったい最後にどうなってしまうのか、という先讀みを読者に促しつつ、最後はその斜め上を行くおぞましき幕引きで締めくくった逸品で、グロテスクなシーンを描きながらも、どこか物哀しくも感じられるラストもステキです。
このグロテスクなディテールを十二分に生かし切った作品が「獣がいる」で、冒頭から人間の生理的嫌惡感を直撃するネチっこい描寫にまず吃驚、「葬式」などで見せた、淡々とした描寫は陰を潛め、全編に改行も控えめに脅迫的な文体で怖さを盛り上げていきます。
不倫に勤しむ父と、ストレス過敏で下痢糞に悩む息子の二人を平行して描きつつ、息子が友達から手に入れた「羊」なるペットが成長していき、やがて――、という話で、怪しげなペットが飼い主の内面を反映しているという着想は定番ながら、ここではやはり体液粘液をべっとりジットリと描き出した文体が不穩に過ぎる物語世界をしっかりと支えているところに注目でしょう。
収録作中では唯一ほっと息をつけるのが「うそのバス」で、運轉手自らがうそのバスだと名乘る怪しげなバスに乘りこんでしまった主人公たちの、どこか惚けた振る舞いがおかしく、ファンタジーの色を添えた展開も心地よい。
イヤ感という点では、生理的嫌惡感溢れるネチっこい文体が素晴らしい「獣がいる」と、女の妖しいエロスに不気味さも添えた「挽肉の味」がオススメで、これとは対照的に淡々とした文章で厭な方、イヤな方へと物語を轉がしていく「葬式」、「元気でやってるかな」なども、構成、そしてオチとともに、怪奇譚として極上の逸品ともいえる仕上がりを見せています。
恐怖と不可思議とまさにふしぎ文学館としては堅実な風格を堪能出来る一册といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。