異様な仕掛けを作品全体に凝らしながらも頭デッカチな現代本格というよりは、普通小説的な風格であるところが素晴らしいのが柳マジックで、「饗宴」や「新世界」のような脅迫的なモチーフは控えめに、本格ミステリの支柱となる謎と論理の結合に捻れや捻くれといった逆説が炸裂する短編が目白押しの連作短編集。
収録作は、不思議の国ジパングから黄金を持ち帰るマルコの奇策「百万のマルコ」、誰も勝ったことのない賭の必勝法に奇抜な発想が光る「賭博に負けなし」、言葉遊び的な奇想を凝らして讀む者を脱力させる「色は匂へど」、猿語を會さないマルコが斜め上からの発想によって王様の奇天烈な遺言を繙く「能弁な猿」、傲屈な金貸しの奸計にハマった看守を超絶ロジックで救出する「山の老人」。
二人の王様の願いを叶えるためにマルコが試みた二重の意味の奇策「半分の半分」、未開人の偏屈な掟から逃れるために試みた神のごとき方法とは「掟」、世界一の絵描きとの一番勝負でマルコが仕掛けたトリックの妙技「真を告げるものは」、負け無しの超絶御姫さまに勝つ秘策「輝く月の王女」。
謎かけそのものに仕掛けられた逆説の結構が素晴らしい「雲の南」、秘密兵器を用いての奇策にマルコ式発想法が冴え渡る「ナヤンの乱」、奇天烈な謎かけからマルコの出自が明らかにされていく「一番遠くの景色」、連作短編としての結構に凝らされた仕掛けが明らかにされるタイトルマンマの「騙りは牢を破る」の全十三編。
何だか簡単にあらすじを纏めると、秘策だの奇策だのそういう言葉ばかりをズラズラ並べるしかない自分の貧困な語彙レベルに鬱々としてしまうところがアレなんですけど、とにかく全編これ頓知か禅問答かというようなネタが大量投入されているところが本作の素晴らしいところでありまして、マルコの冒険譚をネタにした謎かけに、牢屋のボンクラどもがああでもないこうでもないと喧喧諤諤に議論を行うものの答えは見つからず、結局マルコがその答えを示して幕、というのが基本的な結構です。
最初の「百万のマルコ」の謎かけはミステリ的な発想に近く、おおよその予想はつくものの、そのほかは根本的な発想の転換を迫られる頓知もので、そのあたりの奇天烈さがうまく出ているのが「雲の南」の冒頭でボンクラどもが行うなぞなぞ遊びでありまして、例えば「問題です。犬はなぜしっぽを振るのでしょう?」の答えは「それは、しっぽが犬を振ることはできないから」。「三人で一本の傘を差しているのに、誰も濡れないのは?」の答えは「それは、雨が降っていなかったから」という具合に、提示されている謎の内容そのものを俯瞰しないと絶対に解けないような頓知をマルコの冒険譚の中に仕掛けて、極上のミステリに仕上げてしまうところはもう完全に神レベル。
中でもやはりその逆説ぶりでのけぞってしまうのが「雲の南」で、知恵者ばかりを派遣したものの誰一人として帰還せず、という桃源郷にマルコが赴くも、そこで不可解な謎をかけられて、――という話。二つの饅頭から毒なしのものを選べという、ごくごくシンプルなクイズながら、かつての知恵者たちはこの謎かけ「そのもの」に仕掛けられたあることに思い至らなかったために負けていたという転倒ロジックが開陳されます。
謎かけそのものの様式もさることながら、その転倒ぶりに何だかミステリというよりは不条理小説みたいな結構に化けてしまっているところも含めて、まさに柳式の奇想が光る傑作でしょう。
この謎かけの中で語られていることがあるとすれば、その逆に語られていないものに思い至ることが奇天烈なロジックの端緒となるという発想が冴えているのが「賭博に負けなし」で、王様との馬レースでの必勝法を考え出すのですけど、その頭脳パズルに極上の奇想とロジックを凝らしてイカサマを超越した奇策を見せるところが秀逸です。
最初のうちは、マルコの謎かけにクダラない思いつきをしゃべり散らして失笑をかっていた囚人どもでありますが、物語が進むにつれて彼らの発想もかなりマトモに變わってくるように感じられ、これが一つの正答へと至るための消去法的な結構へと昇華されていくところも見所でしょう。本格ミステリにおける推理のプロセスとして囚人たちの議論からマルコの回答へと繋がる流れを見ると、その逆説と転倒のロジックをより堪能出來るのではないでしょうか。
冒頭に囚人たちの軽いエピソードを語りつつ、それがマルコの冒険譚へと流れていくという「半七捕物帳」みたいな定番の様式につられて、さらさらと讀み進めてしまうものの、本作は連作短編でありますから全体を貫く仕掛けの巧みさに着目すべきで、本作では語られていることよりも語られていないところから真相へと至る手掛かりを見つけ出すという発想法をトレースするかのごとく、牢屋の中のマルコという存在と、彼が語り出す禅問答の中にそのヒントが大胆に隠されているという仕掛けもまた素晴らしい。
逆説、転倒といった発想の飛躍を補強するために、ボンクラどもの現実的な思考法を並べてそれを消去法的な結構として見せる技法や、それぞれの短編に凝らされた発想法そのものを伏線として、連作短編に凝らされた仕掛けの妙を讀者の前に提示してみせる大胆さなど、一見すると頓知となぞなぞレベルのネタを本格ミステリに仕立てたような軽さながら、その奥の奥に張り巡らされた作者の奇想が冴えわたる傑作といえるのではないでしょうか。
このマルコの冒険譚の奇天烈さそのものも愉しく、ミステリというよりは幻想小説な描写には頭がクラクラしてしまいましたよ。この奇天烈ぶりにアレナスの「めくるめく世界」を思い浮かべてしまったのは自分だけでしょうか。という譯で、逆説づくしのハードさとは相反して、簡明な文体と結構の美しさから普通のミステリ讀みにも十分にオススメ出來る逸品といえるのではないでしょうか。