未讀でした。ジャケ帶に綾辻氏曰く「”館”ミステリ好きのあなた、これは読み逃せませんよ」とあるところの「館」が”館”となっているところがミソで、作中で展開される犯罪構図への怪異の添え方や、仕掛けとの連關も含めて非常に凝った物語の結構など、綾辻氏の館シリーズのファンだったらその雰圍氣も含めてかなり愉しめる逸品ではないでしょうか。
陰慘な殺人事件があった屋敷にその孫たちがやってきて、――というのが物語の大枠で、「序章という名の終章」というこれまた凝った名前のエピソードは、はじめに讀んだ時に口ポカンなものの、物語が終わってからあらためてここに立ち戻ると全ての意味が理解できるという構成が非常に洒落ています。
かつてこの屋敷で起こったコロシについては、その語りとともに次第に明らかにされていくのですけど、ドイツからやってきた奧さんと彼らの祖父の世代の逸話も添えて、屋根裏からは何だか意味ありげなブツが出て来たり、はたまた怪しい輩がフラリと屋敷にお邪魔してきたりと、ド派手な殺人でサスペンスを盛り上げていく譯ではなく、過去の事件のあらましが明らかにされていくという鷹揚な展開ながら、どこかゴシックの風格さえ感じさせる雰圍氣が堪りません。
六人皆殺しという陰慘な密室殺人事件が異樣な「連續」殺人事件であると明かされるあたりから、推理をまじえたミステリ的な趣向が冴えてきます。密室に見立てとマニアの引きが良いガジェットをイッパイにブチ込みながらも、それらを派手派手しくアピールしないおとしやかさが個人的には好印象で、端正に、またじっくりと描かれていくシーンの數々と血や家族の因縁を仄めかした犯罪構図は、懷かしのホラー映画風。
前半から結構派手にアピールされている靈感女の存在が個人的には非常に氣になってしまい、この娘っ子がどういうふうに絡んでくるのかと思っていたら、予想もしない扱いぶりにこれまた完全に口アングリ(爆)。
このあたりの容赦のない、というか使えそうなネタを大胆に捨ててしまうところに吃驚してしまうのですけど、怪異も怪奇趣味もあくまで雰圍氣にとどめつつ、後半の推理によって開陳される眞相後も大きく展開に絡んでこないところは、寧ろこれだけのコンパクトな体裁に纏めていることを考えれば納得でしょう。
これがもう少し長くて、探偵が眞相を明かした後のシーンを伸ばすのであれば、絶對にこの娘っ子がこの後の鍵を握る、――というのがホラー映画の御約束だったりする譯ですけど、こういった怪異はあくまで添え物に、寧ろ冒頭のシーンから既に仄めかされていた血と呪いといった古風な趣でこの一族とある人物の悲哀を語っていく手法は秀逸です。
ミステリとして見た場合、見立てや密室といった、これまた一見派手な趣向を据えているとはいえ、上にも述べたように、登場人物たちが大聲で騷ぎ出さないストイックさが、このやや古雅な風格とも相俟って物語をシッカリと支えており、大袈裟なトリックよりは、見立てやこれだけの「連續」殺人を引き起こした犯人の意図に一族の因果を凝らして謎解きを進めていく過程は非常にスリリング。
「強調」と「隠そうとしたこと」という言葉で対比を行いながら、犯人の意図を炙り出していくところは本作の仕掛けの魅力のひとつでありまして、この見立て殺人の構図を明かしたあと、密室のトリックも自然に解けしまうという、見立てと密室の連關にも注目でしょう。
しかし探偵役の人物が述べている通り、密室のトリックを解明しても、そこからすぐに犯人を指摘するには到らず、この後、一族の因果が暴かれていくのですけど、謎解きが終わってから、ここで犯人が明らかにされないところがこの後の展開のミソとなっているところがいい。また實は犯人はあいつじゃないの、と疑心暗鬼に陷った連中をまじえてハジけた展開へと雪崩れ込んでいくところが、キワモノニアには堪りません。
個人的には屋根裏から發見されたブツも含めて、あくまで逸話の中でのみ語られるある人物が、この物語のすべてを操っていたのだ、という趣向がステキで、過去の犯罪があの人物の「操り」によって行われていたことが明らかにされたあと、今度はこの人物へ次第に焦點を合わせながら、奇妙な序章のシーンも含めた全体の結構が見えてくるという仕掛けが素晴らしい。
見立ての背後に見え隱れする犯人の意図や、密室と見立ての連關、さらには事件の構図を明らかにしても犯人が名指しされずに、それが後半の展開へと結びついていく構成など、大技小技を凝らした仕掛けが満載の、まさに贅沢な一作といえるのではないでしょうか。
物語が終わったあと、再び冒頭に戻って、さらに「系図と登場人物」を見渡すと、「序章という名の終章」が釀し出す悲哀を堪能出來るような気がします。「わたし」の期待に反して、まず姿を現した人物の名前や、さらにはこの語り手が口にする「呪い」の意味、そして回想をしてみせる九年前の夏、「最後の土壇場」での出来事など、後半のハジけた「動」を一掃した靜謐さが深い余韻を残します。
個人的には有栖川氏が言われているような「ガチガチの本格」としてよりも、「館ミステリ」ではなく「”館”ミステリ」として愉しみたい一作、といえるのではないでしょうか。オススメ、です。