「国枝史郎伝奇浪漫小説集成」がその携帶性の惡さゆえに未だ積讀状態であるのに對して、こちらは作品社の国枝集成に比較すればかなりコンパクト。本当は第三巻となる「怪奇探偵小説」が出るまでは樣子見と考えていたのですけど、本屋で軽く立ち讀みしてたら、春田龍介シリーズの、そのあまりの破天荒ぶりに完全にノックアウト、結局ゲットしてしまいました。
収録作は、敵國スパイの奸計を見事に暴き立てる探偵春田少年の活躍物語を二倍速の早廻しで大展開させるトンデモ物語「危し!! 潛水艦の秘密」、宝石を巡って怪しげな惡の組織と対決する「黒襟飾組の魔手」、幽霊が出現する因果屋敷での暗號解読が秀逸な「幽霊屋敷の殺人」、宿敵との因縁対決に大冒險のタイトルに嘘偽りなく破天荒な物語がハジケまくる「骸骨島の大冒険」。
活劇テイストから一転して、頸飾の消失に本格らしい推理の手際の良さが光る「謎の頸飾事件」、滿州を舞台に中華秘密結社とのハチャメチャな冒険活劇物語に何故かまほろ小説を思い出してしまう「ウラルの東」、アイヌの怨念という伝奇趣向を添えた「殺生谷の鬼火」、幽霊の出現という怪異に隠された事件の眞相とは「亡霊ホテル」、コロシと暗號趣味の融合にスマートな本格の趣向が光る「天狗岩の殺人魔」、グレた兄イの懺悔が意外なかたちで明らかにされる「劇団「笑う妖魔」」の全十編。
やはり注目なのは、タイトルにもなっている少年探偵・春田龍介シリーズでありまして、まずこのシリーズの始まりを告げる「危し!! 潛水艦の秘密」からしてもうハチャメチャ。そもそもタイトルにビックリマークが二つも添えられているところからして、文豪周五郎の氣合いの入れようが讀者にもビンビンに伝わってくるわけですけども、物語の方も、中學生の探偵君が国家の陰謀に絡んでいる暗號を拾ってしまうという導入部の強引さがナイス。
このあとは件の暗號をサラリと解いてみせると、妹とはモールス信号ならぬ「春田式危険信号」のレッスンをしたりと、このあたりの少年探偵もののツボを心得た仕込みも完璧で、国家陰謀にも關わるブツときたら「世界最初の無燃料機関」というトンデモぶり。これに外国の軍事探偵が絡んできてさア大變、というお話です。
頁数の制限もあってか、とにかく場面展開があまりに性急で、さながらアクション映画の予告編か、はたまた本編を二倍速の早廻しで見ているかのようなかんじでありまして、樣々な事件が立て續けに起こって最後は毆り合いで勝負、というあたりも文豪の作品とは思えないほどのハジケっぷり。
で、キャラたちの台詞にやたらと「!!」が多用されているあたりも凄いのですけど、これが續く「黒襟飾組の魔手」になると、「!!!」とビックリマークを三つも添えて「よござんす! やりましょう!!!」なんてかんじで登場人物たちの声がやたらと大きいところもこのシリーズの特徴で、そういえば件のまほろ小説も「!!!」ってかんじでやたらとお腹イッパイというくらいにビックリマークが多かったなア、なんて思い出していると、長編「ウラルの東」はマンマ滿州を舞台に件の少年探偵春田龍介が大活躍、という結構でありますから、まほろ三部作の第二弾のシーンがイヤでも頭に甦ってきてしまいます。
そうなるともう、「だだだだだ、だだだだだん!!」とか「ぱ! ぱ! ぱ!」「ぴー! ぴぴぴぴぴ!」、「たた! たたたたたたた!!」「たたたん! ぱぱぱぱ!!」「だだだだだ! ぱぱぱぱ!!」なんていうオノマトペがイヤでも目に飛び込んできてしまうのですけど、列車が迫って危機一髮とか、あわや硫酸風呂にドボン、なんて定番のシーンも添えて描かれる冒険活劇は少年ものとしてはとにかく素晴らしいの一言。
しかしその少年探偵春田龍介、親父はお偉いさんの科學者と如何にもお坊っちゃんの雰圍氣であるとはいえ、意外とエグいキャラでもありまして、敵からの挑戰状を受け取っては「ふん、なかなかやるな、畜生!!!」なんて言葉の惡さで吃驚させれば、さらにはチャイニーズに囲まれて大格闘を演じている使い走りのメリケン壮太に對して、「自動拳銃を片手に、にやにや笑いながら」高みの見物をしながらも「やれ!! 壮太君、今夜は僕を邪魔しないよ、思う存分暴れろ!!」と言ってけしかけたり、車に乗っていて前方に障害物が現れれば「畜生、邪魔くさい奴だな、運転手! 構わぬから追い拔いて先へ出ろ!」とハッパをかけたりと、明晰な頭脳を持ちながらも、やたらと血を好むところが少年少女向けの探偵キャラとしてはかなりアレ。
とにかくことある毎に「畜生」と毒つけば、秘密結社の首領に捕まってしまい、件の硫酸風呂へと下降していくエレベータの中では「壮太はどうした、来てくれ! 壮太! きてくれ、僕は死にそうだ!」といつもは小馬鹿にしていた助手の名前を絶叫、さらには「畜生、厭だ! このままでは死にきれぬ、神よ!」と惡あがきをするというテイタラクで、颯爽と恰好いいヒーロー像とは対照的に、人間の暗黒面もしっかりと描寫するあたりに文豪周五郎の矜持が感じられ、――っていうのは深讀みのしすぎでしょうか(爆)。
さらにはこの時代ならではの偏見ぶりもキワモノマニア的には見所のひとつでありまして、祕境即ち野蛮、というアレ過ぎるポリシーがあまりに激し過ぎる「怪奇探偵小説名作選〈5〉橘外男集―逗子物語」の橘外男に比べればまだおとなしいとはいえ、探偵が支那人についてひとくさり述べるところを引用すると、
「撃たないでくれ、殺さないでくれ」哀れな声で叫ぶ――これが支那人の特有性だ。勢いの良い時は悪魔のように無慈悲だか、一度自分が不利だと見るや、雌豚のように泣き喚いて憐れみを乞うのだ、犬のように這って助けを願うのだ、しかも、隙さえあれば相手を殺そうとしながら。
確かに敵の首領のワルぶりは常軌を逸しており、またあわや硫酸風呂にドボン、というあまりに悪魔的な拷問で殺されそうになった恨みがタマリに堪っているとはいえ、敵キャラだけを見てそれを一般化してしまうハゲしさは相当のもの。
という譯で、春田龍介シリーズはその冒険活劇の特性をレブリミットにまでに最大化させた風格がキワモノマニア的にはツボながら、幽霊という怪異の背後に隠されたある眞相をとある謀略に絡めたみせた「亡霊ホテル」や、伝奇的な背景に殺人鬼の跋扈を添えながら、ワル野郎の犯罪を暴いてみせる「天狗岩の殺人魔」など、今でも十分に愉しめる本格風味の作品もシッカリと収録されています。そんな中で一番感心したのが、「劇団「笑う妖魔」」で、道化師に扮した兄イの一世一代のトリックなど、ネタの仕込みが素晴らしい好編でしょう。
同じ作品社の国枝集成に比較すれば、普通の單行本サイズとコンパクトでどうにか持ち歩ける体裁でもあり、また山本周五郎というネームバリューからも、一般向けにも十二分にアピール出來る一冊といえるのではないでしょうか。