「雷の季節の終わりに」という傑作の後、いったい次はどういう切り口で來るかと期待と不安相半ばする気持ちで讀み始めたのですけど、老獪さの中に無常観と叙情性を交えた異界譚という十八番にくわえて、恒川氏の隠された暗黒面が際だった風格の作品もアリと、ファンであればまず絶対に愉しめるであろう一冊、といえるのではないでしょうか。
収録作は、「リプレイ」状態に陥った語り手の意識を叙情と無常を添えて見事に描いた表題作「秋の牢獄」、ヒョンなことから神様の後継にされて異界の牢獄に閉じこめられてしまった語り手の日常に「雷の季節の終わりに」を彷彿とさせる陰惨な事件も交えて無常溢れる物語へと昇華させた傑作「神家没落」、幻視力を持った語り手の波瀾万丈の物語に恒川流惡魔主義が炸裂する「幻は夜に成長する」の全三編。
個人的にもっとも印象に残ったのは「神家没落」で、フと迷い込んだ家で、面をつけた爺に捕まって神様の後継にされてしまうという唐突な展開から、この神様の家が存在する異界での生活が淡々と描かれていくという結構は、「雷の季節の終わりに」にも通じる老獪さながら、ここでは中盤からの展開に注目でしょうか。
「雷の季節の終わりに」では、リアルワールドと異界を往き来できるゲス野郎が物語を引っかき回すという後半の流れによって、端正な異界譚を敢えて崩した結構にややアンバランスな印象を持たれた方もいるんじゃないかなア、なんて考えたりする譯ですけど、本作でも現実の陰惨な事件がこの異界に持ち込まれることによって、語り手がある決意をするところから俄然物語が動き出します。
淡々とした異界の情景が作者の十八番ながら、ここではリアルの事件が明らかにされるところからすっと異界へと流れていく構成がスムーズで、何ともいえない無常観を添えた幕引きも素晴らしい余韻を残します。傑作でしょう。
表題作である「秋の牢獄」は、その老獪さゆえにズルさも感じさせるところがアレながら、やはり構成から登場人物の造詣も含めた小説的結構に作者のうまさが光る好編です。ある日、これまたヒョンなことから一日を繰り返してしまうという「リプレイ」状態へと陥ってしまった主人公がたいした惑乱を感じずに、淡々と毎日を過ごしていくところが恒川流、「リプレイ」のタイトルも作中でしっかりと挙げながらも、この世界のルールに北風伯爵という独特の存在を添えて、作者得意の異界譚の雰囲気がイッパイに感じられるところも素晴らしい。
それでいて、リプレイ状態の仲間が集まる中、この異界となった繰り返しの時間の中だからこそ見えてくる現実の非情を描いて、酷薄な一面を際だたせているところから、単なる叙情的な物語に終わっていないところも流石で、不安とも無常ともいえない幕引きもまた、不思議な印象を残します。
で、作者の前二冊に比較して、ある意味新境地ともいえるのが「幻は夜に成長する」で、強烈な幻視力と「雷の季節の終わりに」や本作に収録されている前二編にもかいま見えていた惡魔主義が炸裂した問題作。
前半はこれまたいつもの異界譚かと安心していると、途中から語り手が持っている超常能力の正体が明らかにされていき、舞台ははっきりとした現実の輪郭を持ってきます。神のごとき力を持ったものの孤独が独特の無常観へと繋がるところなど、これまたいつものお話かなア、と安心していると、語り手の出会いと挫折から物語はトンデモない方向へと転んでいきます。
後半の時間軸を崩した結構はある意味破綻ともとれるものながら、このくずしの意味が明らかにされるのはラストに至ってからで、惡魔主義が例の美しくも淡々とした筆致で描かれているところが逆に怖い。語り手が挫折する前、ある人に見せる奇蹟の幻視の美しさ、そしてこの力が発動されていくまでの課程で描かれるひとつひとつの幻想の情景の瑞々しさ、――これらをおさえたまま、例えば「秋の牢獄」みたいなある種の中立的な幕引きで終わらせることも出來たというのに、いったいこの強烈なラストは何ですかッ、と思わず目を剥いてしまう結末に刮目でしょう。
「雷の季節の終わりに」や「神家没落」のように物語の転結に組み込まれていたリアル世界での陰惨さが、ここでは語り手の心情と一体となって惡魔主義へと突き進むところが何ともで、これが恒川氏の新境地なのか、それとも、「雷の季節の終わりに」からすでに明らかにされていた作者の意識の表出なのか、とにかくこの惡魔主義が今後の作品の中でどのように描かれていくのかに、個人的には注目でしょうか。
老獪さとともに新境地も感じさせる作品も含めて、安心して手に取ることの出來る幻想小説の一級品、前二冊に大満足できたファンであれば勿論マストといえるのではないでしょうか。オススメでしょう。