ジャケ帯に曰く、「スリリングに急反転する愛憎のジグソーパズル 謎が謎を追いかける疑似歴史小説」。まさにその通りというべき傑作をズラリと並べた連作短編集でありまして、連城ファンにはマストの花葬シリーズにも通じる「凄み」を感じさせる風格ながら、これまた絶版のうえ、いまだ文庫化もなされていないのは摩訶不思議。
しかしミステリ出版業界における連城氏への冷遇ぶりも、光文社から「戻り川心中」や「夕萩心中」が、さらに講談社ノベルズからは「敗北への凱旋」が綾辻・有栖川復刊セレクションの一冊として復刊されたりと、僅かながらも變化が見られるところはファンとしては嬉しい限りです。
と言う譯で本作なのですけど、歴史的某事件を素材に、恋愛と嘘と怒濤の反転劇が大展開されるという超絶作を連作短編の体裁で纏めた一冊で、収録作は、某事件の仲間であった男と上官の恋愛模様に主人公の秘密を絡めて怒濤の反転急転が炸裂する「落日の門」、某事件を回想するかたちで、作家の語り手が娼館の最後の一日に起こった奇妙な出来事の裏にある眞相を推理する「残菊」。
事件の背後で展開されていた女たちの自尊心をかけた恋愛逆転劇「夕かげろう」、某事件の首謀者の家族の謎が常軌を逸した大トリックによって明らかにされる「家路」、首謀者に死刑執行が近づく直前に母を名乗って現れた女性の正体を巡り、連作の結構が明らかにされる「火の密通」の全五編。
とにかく最初の「落日の門」からして、嘘と眞相、操りかはたまた陰謀かとでもいうべき怒濤の反転劇がめまぐるしく展開されるという逸品で、暗殺をもくろんでいた大臣の娘と不義密通をはかっていた主人公がグループから除名されると言ういかにもな結構に、登場人物たちの恋愛模様を絡めて、それぞれの思惑を交錯させた仕掛けが素晴らしい。
後半には、恋愛と革命という二つの要素に、裏切りと嘘が「眞相」を二転三転させる連城マジックが炸裂するところが最大の見所ながら、出生の秘密というこの連作短編に通底する主題を冒頭からシッカリと提示して、それを後半に収録された「家路」で完全に常軌を逸した大トリックとして開陳してみせる手際もまた完璧。
「落日の門」で描かれた登場人物たちを取り上げ、現代の視點から娼館の最後の一日に起こったとある出来事の眞相を探ってみせるのが「残菊」で、まず語り手の作家の妄想というか推理で、事件の「眞相」を叙情的な筆致で語りながら、それを新しい事実によってひっくり返してみせるという連城式の反転劇がここでもまた秀逸です。
しばらく姿を見せていなかった反物賣りの女が、娼館の最後の日にフラリとやってくると、自分も客をとってみたい、なんて言い出したから娼館の鉄火姐も吃驚仰天。彼女には負傷して夜の生活もママならないという旦那がいて、シッカリと操をたてている貞淑な妻かと思っていたのに、……なんて考えてしまうものの、この出来事の背後に件の歴史事件も絡めてコトの眞相が時を経てから、語り手の推理によって明らかにされていくという結構です。
特に語り手が明らかにした推理を再びひっくり返した後、舞台の全面に出ていた人物がイッキに脇へと退いてしまうという、普通の小説であったら肩すかしを食らってしまうような後半の展開にいささか唖然としてしまうものの、實はこれが最後に収録されている「火の密通」への伏線になっているところもまた完璧。
「夕かげろう」は、件の歴史的事件を物語の軸においてはいるものの、基本は女の情念と嘘が作中の眞相を急反転させるという技法が際だった一編で、そもそもが兄嫁にホの字というモジ男が主人公という設定からしてキワモノマニア的にもそそるものがあるのですけど、何しろ革命志士の奥様でありますからその情念の激しさに純真なモジ男君がかなうはずもありません。
革命志士の旦那に愛人がいたことから、妻は処刑の前に自分とは離婚して愛人と結婚してあげてくださいなんて意外な提案を持ちかけるも、そこには旦那の弟のモジ男の存在があって、……とここに恋愛三角形ならぬ四角形が大展開。しかし旦那とその妻、そして義姉にホの字のモジ男に愛人という四人の思惑が絡み合う中、二人の女の壮絶な情念が明らかにされる後半の眞相開示は、義か愛かという選択肢も添えていかにも連城ミステリらしい幕引きへと繋がります。
とある行動の意味づけが後半にどんでん返しを見せるという結構は初期の連城作品を彷彿とさせるものの、その仕掛けの強度においてはやはり「家路」に大注目。年上女に惚れてしまうこれまたモジ男を主人公に、本作の主題のひとつでもある出生の秘密ネタがここでも驚きの展開を見せるのですけど、完全に常軌を逸した眞相に唖然としたあと、またまたこれを兄弟という關係を軸にして反転させるやりすぎぶりが連城ファンには堪りません。
嘘と推理が怒濤の逆転反転をめまぐるしく見せる「落日の門」や「残菊」が、中期連城の風格を突き詰めた逸品だとすれば、「家路」や「夕かげろう」の二作は花葬シリーズにも通じる結構で、これなら「恋文」以降のブンガクに転んだ連城はクズ、なんて氏の作品の変遷をマッタク理解出来ていない本格マニアも愉しめるのではないでしょうか。
最後を飾る「火の密通」はもっとも小粒ながら、例えば「夕菊」の物語で語られていた人物の正体が明かされ、それがすべての作品へと連關するという連作短編の結構を見せるところが本作のラストにふさわしい作品です。
小粒とはいえ、それはあくまでその他の作品があまりに激しすぎるゆえの話であって、死刑執行を待つばかりの主人公に母を名乗って姿を見せた女の正体は、というところから出生の秘密の主題を前面に出した物語の展開がキモながら、仕掛けが實は出生の秘密という過去にはなく、作中時間の現在にあったのだというところが明らかにされる後日談もまた素敵な余韻を残します。
情念が静かに迸る物語の風格も素晴らしければ、一作一作に込められた怒濤の反転劇、さらには連作短編としての結構もまた完璧という逸品ながら、これが文庫にもなっていないというリアルに自分などは大きな溜息をついてしまうのですけど、「戻り川心中」や「夕萩心中」の激しさがツボだった人であればきっと愉しめると思います。
[09/03/07: 追記]
本エントリにおいて「光文社ノベルズからは「敗北への凱旋」が「復刊」された」と記述しておりましたが、加賀美雅之氏を騙る人物からコメント欄にて指摘されました通り、これは「講談社」の誤りです。謹んでお詫びいたします。なお、この加賀美雅之氏を騙る人物につきましては、最新のエントリ「加賀美雅之氏を騙る人物から指摘された「落日の門」のエントリに関する訂正とお詫びについて」を参照いただければ幸いです。