「密室キングダム」のロジック地獄にクラクラしてしまった頭をクールダウンさせる為、手にとってみた本作、結構のシッカリと定まった安定飛行で見せてくれるシリーズものとはいえ、本作はノンシリーズものだったら怪談風味で仕上げたのでないかと思わせる物語や、駄洒落的な脱力センスの暗號ものなど、奇想と脱力とロジックのアンバランスさがまた堪らない一册でありました。
収録作は、電話ボックスの硝子には銃彈の通過した痕跡がないのに銃殺屍体がひとつという謎に恍惚刑事の精緻な推理が冴える「大魔術の死体」、般若面を被って死んでいた女の死体の謎「仮面の死体」、脱力の公然猥褻と血まみれ人形師の死体の連關に、奇天烈な動機が光る「人形の死体」、死体が歩き廻る奇想に推理の光明が事件の真相を解き明かす「散歩する死体」、フツー會話の死に際の傳言へ心理的側面から迫る「乾いた死体」、メモに残された不明の暗號に恍惚刑事による怒濤の連想ゲームが行われる「筆まめな死体」、單純な死に際の傳言が推理小説マニアの介入によってカオスを引き起こす「料金不足の死体」の全七編。
個人的に一番ツボだったのは「人形の死体」で、冒頭、人妻が公衆の面前でスカートをまくりあげていたという脱力のネタが開陳されるものの、そこからその夫の人形師が血まみれで殺されていたことが明らかにされるや、怪奇小説っぽい風味を添えて物語は展開されていきます。
これ、退職刑事ものではない、ノンシリーズの一編だったら恐らくは怪奇小説的な結構に落ち着いたのではないかと思わせるほどの素晴らしいネタで、生前の人形師語録から事件の背景を炙り出していく退職刑事の推理も冴えていれば、この死体に關連して發生していた小事件のトンデモな動機が明かされるや、怪奇フウの事件の眞相も同時に解き明かされるというスマートな構成も秀逸です。収録作の中では、樣々な謎を鏤めて人形師の死体を怪奇趣味に装飾しているところなど、雰圍氣づくりも含めて一番綺麗に纏まっている一編といえるのではないでしょうか。
冒頭の「大魔術の死体」は、警察に尾行されていた男が電話ボックスの中で銃殺されるものの、件のボックスの硝子には銃彈が通過した痕跡が残されていなかったのは何故、という話。個々の事象を細分化していくという、本格ミステリでは定石のパターンで解いていくと案外簡単に眞相が分かってしまうという明快さも、自分のようなボンクラには嬉しい親切設計で、さりげない描寫に「氣付き」を添えて退職刑事がスマートに事件を解いていくところも含めてジックリと讀んでみたい一編です。
「仮面の死体」は、犯人は分かっているのに、何故か被害者は殺された後に般若の面をつけていたという奇妙な謎を扱ったもので、般若面の謎ひとつだけだといかにもフツーの物語に思われるものの、既に犯人が分かっているというところがミソで、般若面の謎を解き明かしていくことによって犯行の構図がガラリとその色を變えてしまう結構が秀逸です。
前半に収録された作品は、彈丸の通過痕のない電話ボックス、般若面を被った死体、人形まみれの死体や、死者の移動など、いかにも不可解で奇天烈な謎が魅力的だったのですけど、後半は暗號やダイイングメッセージをネタにした無理矢理感と、連想ゲーム的な飛躍が苦笑を誘う作品が並びます。
「乾いた死体」は「畜生、雨が降っていたらなあ……」というダイイング・メッセージを退職刑事と息子がああでもない、こうでもないと一語一語をこねくりまわす推理がキモ。そこからあからさまに犯人を探っていくのではなく、その意味するところを推理していくうちに事件の全體像が見えてくるところがいい。また言葉の意味に連想ゲーム的な発想を中心に転がしながらも、被害者の心理面を照射した推理の冴えにも感心至極。
しかし續く「筆まめの死体」になるともう、連想ゲームの大盤振る舞いが大展開され、殺された男のメモに書かれていた暗號文字から想像されるキーワードをああでもない、こうでもないと妄想を打ち出していくと、これが面白いくらいにポンポン当たってしまうという神業振りを退職刑事が披露。推理とかをフッ飛ばしたかたちで讀者を置き去りにしたまま独走態勢に入ってしまう刑事のワンマンぶりが苦笑を誘う一編です。
「筆まめの死体」の連想ゲームぶりを軌道修正するかたちで、オーソドックスなダイイング・メッセージに立ち戻ってみせたのが、最後の「料金不足の死体」で、「Xの悲劇」を持ち出してさりげなく推理小説マニアの自虐ぶりを見せてくれるというサービスも添えて、被害者の額に貼られていたさかさま切手の眞意を推理していくという趣向です。
死体を發見したのが推理小説マニアの翻訳家だったところが、退職刑事の息子の運の尽きで、推理小説マニアはこの切手はダイイング・メッセージに違いない、と頑強に主張。息子は、マニアの主張と推理を滔々と語ってみせるのですけど、それを聞いて「なかなか、説得力があるじゃないか」「と、父は微笑して、腕を組んだ」と記述してあるものの、恐らくはこれ、推理マニアのアレっぷりに「父は苦笑して、腕を組んだ」の誤植ではないかと勘ぐってしまうところがちょっとアレ。
切手には「被害者の指紋がついてい」たというだけで、切手は被害者が自分で貼った、と確定してしまうのも今だとアンマリ説得力はないものの、推理小説マニアゆえに額に貼られたさかさまの切手という見てくれに振り回されて眞相に辿り着けないという皮肉と・莖倒が素晴らしい。結局、退職刑事が非常に明快な推理を終盤に見せて、事件の眞相はアッサリ解かれてしまいます。
後半は暗號や死に際の傳言に絡めた無理矢理感がやや感じられるとはいえ、前半に収録された作品は、冒頭に提示される謎の奇天烈ぶりから個人的には大いに愉しめました。今回はあからさまな密室はナシですけど、「人形の死体」の怪奇趣味と奇天烈な動機、そして「大魔術の死体」のスマートな推理のプロセスを讀むだけでの價値のある一册といえるのではないでしょうか。