素晴らしい。これまた同ミステリーYA!の一冊としてリリースされた山田正紀氏の「雨の恐竜」と同様、まさに偏愛したくなる一冊で、個人的には大いに堪能しました。
物語の前半部は小学生時代と中学生時代が平行して描かれていくのですけど、小学生時代の登場人物たちのおマセぶりが秀逸で、図書室の蔵書に仕掛けておいた暗號を解いたものだけが辿り着くことの出來る秘密倶楽部にヒロインは入會するものの、この実態というのが世の中のダメ人間を粛正しようという暗黒倶楽部で、最初のうちはゲスな教師に下剤を仕込んで生徒の前で脱糞させるという子供にしてはあまりにアンマリなお遊びぐらいだったのが、その悪ノリは次第にエスカレート。あまりのやりすぎぶりにヒロインと、彼女がちょっとホの字の聾者のボーイは脱退を宣言するも、しかしグループの中心人物である独裁君はその後、謎の失踪を遂げてしまう……。
このあと、中学生になった倶楽部の彼らが再會することによって、失踪していた独裁君が復活、悪と彼らの大對決に雪崩れ込むかと思っていると、物語は再び日常に歸って奇妙な展開になっていきます。俄然盛り上がりを見せた對決シーンがすぐに切り替わって日常に回歸してしまう展開に戸惑ってしまうものの、物語はここからが本番で、最後にはシンクロの技能を活かしたヒロインが悪との對決に挑むのだが、……という話。
ノッケから何だかロシア風味の意味不明なプロローグで始まるものですから、いったい何なの、なんて頭を抱えてしまうのですけど、これが作中の怪しいオジサンの正体とともに明らかにされるところで、自分のような中年世代はジャミラを思い浮かべてちとニンマリ。
仲間の中ではやや影の薄いヒロインが、物語の進むにつれて存在感を増していく展開もステキで、何より彼女と聾者の少年との純愛が添えられているところにぐっときてしまいます。このボーイが何とも純情で、ノートを介して二人が言葉を交わすシーンと、件の異空間の中で言語の束縛から解き放たれた二人が甘い言葉を囁きあう場面との対照もまた巧み。
世界の王みたいなフリをして俺様主義をふりかざしていた独裁君が、ヒロインとの一騎打ちの最後に自分の気持ちを暴露されるところには苦笑してしまうものの、このあとのラスボス登場から怒濤の對決へと流れる見せ場は俄然盛り上がりを見せ、最後にはこれまた愛の力で世界が日常へと回歸していくという物語の構造も期待通り。
ラスボスの純愛とヒロインの純愛を併置させるとともに、独裁君のツンデレ風味も絡めて愛を隠れた主題に見せている結構も完璧だしと、とにかく登場人物の造詣から青春小説、恋愛小説としての風格、さらには聾者の少年と水銀という異空間をモチーフに言葉の力にこだわりまくった牧野節が堪能出來るのもファンにはたまらないところでしょう。
讀了したあとも、「雨の恐竜」と同様、心地よい余韻とともに登場人物たちの姿が心に残る作品で、YA!世代のみならず、自分のようなオジサンやオバサンでも十二分に愉しむことが出來るのではないでしょうか。この何ともいえない不思議と心地よい讀後感が「雨の恐竜」に非常に似ているゆえ、オジサンオバサンで「雨の恐竜」がツボだった人はおそらく自分と同様、本作もまた堪能できるかと思います。
これを牧野氏に書かせた理論社の担当編集者M女史はまさにグッドジョブで、やはりこのミステリーYA!は全巻制覇しなきゃダメかも、という氣になってしまいますよ。この後は新津きよみ氏の「ユアボイス 君の声に恋をして」とか皆川博子氏の「倒立する塔の殺人」、クラニーの「ブランク 空白に棲むもの」とか、……何だか即買確定という作品がズラリと並んでいるので大いに期待出來そうです。
しかし、「雨の恐竜」しかり本作しかり、オジサン作家が青春小説を書くと何故かくもオジサンの心に響くのか(爆)、個人的にはこのレーベルがターゲットにしているYA!世代が本作を讀んでどんな感想を持たれるのか興味のあるところです。オススメ、でしょう。