という譯で、「CRITICA」第二号の續きなんですけど、本格理解「派系」作家の首領の次に取り上げているのが、これまた本格理解者のお姫樣、つずみ綾嬢でありまして、枚数のかなりは首領にさかれているとはいえ、その毒舌はつずみ嬢に向けられた言葉の方がより激烈。「つずみ綾の場合、あるいは貴族僭称」という章題からしてアレなんですけど、そもそもの書き出しが、
前の章で、私は二階堂黎人の本格観や人望には疑問を呈しつつも、自分から積極的に、本格の衰退を食いとめるべく動いたことだけは評価した。また、評論無理解者であるとはいえ、作家としては『人狼城の恐怖』などの収穫を残しており、それだけで立派なものだろうと思うのである。
しかし「動けばいいというものでない」と言いたくなる人物もいる。『本格ミステリー・ワールド2007」で島田・二階堂とともにエディターの役目を果たしたつずみ綾のことである。二階堂黎人は『聖アウスラ修道院の惨劇』や『人狼城の恐怖』を後世に誇り得るだろう。だが、つずみ綾はどうなのか。
でありますから、作家としての首領は評価出來るが果たしてアンタが残したものはなんなのよ、とツッコミを入れれば當然ネタに挙げたくなるのが例のアレで、このあとは「そもそも二〇〇六年のミステリ界において、つずみ綾ほど徹底的に悪評に晒された存在は他にいなかった」と指摘、このあとは件のブツ、『マンアライブ』の翻訳に關して千街氏の毒舌はさらにヒートアップ。プロの言葉も引用しながら、そのあといよいよ、章題にもなっている「貴族」という言葉の所以を繙いていきます。
「身内の恥を敢えて晒す」として千街氏曰く、
身内の恥を敢えて晒すが、最近つずみは探偵小説研究会内のやりとりで、自らを「教養貴族」を志す者と主張し、古典ミステリに教養が欠けている(と彼女が思っている)他の会員を「大衆」と表現した。海外古典ミステリについて発言する立場にある人間なら常識以前であるハムレットの父親と叔父の区別もつかない(しかも、自分の間違いをチェスタトンに押しつけて恥じない)人間が、言いも言ったり「教養貴族」!
本格理解「派系」作家の首領に感化されたのか、とにかく古典の教養がなければ本格ミステリについて述べる資格ナシと自信タップリに語る様も、ハタから見ていれば「バカいってらア」とニヤニヤしていればいいのですけど、それを外に向けて他人をバカよばわりするのは完全にアレ。
千街氏もここでは「何か悪い冗談としか思えない」としてつずみ嬢を徹底的に指彈している譯ですけど、
むろんそういう理想を抱くことは大切だろう。しかし、理想を実現するには、それなりの実力の裏打ちが必要である。現在の自分が「教養貴族」を名乗れるほどの存在であるかどうか、自分が世間からどのような視線を向けられているかを冷静に自己客観視する姿勢を置き去りにした結果、彼女は尊大な自我ばかりを滑稽に膨脹させていった。
と最後には本格理解「派系」作家の首領も取り上げて、「自己客観視力を欠く「本格理解者」に共通する弱点」として、「理想さえあれば、自分の考えを他人に伝達する文章力を磨かずともいずれは世間が認めてくれる筈であり、批判されるのは批判する側が悪い――という甘え」について述べています。
しかしこんなフウに「自己客観視力」などといった言葉を持ち出さずとも、そもそもが「教養」なんて言葉を持ち出して自分には教養があるとか、アイツには教養がないとかいう時點でその人物が相当にイタい人であることは明々白々。そこで言われている「教養」なんて言う、實を言えばどうとでも意味のとれる言葉を持ち出してきて、相手をこれまた「大衆」なんてアレな言葉で表現するとあれば、ここはもう一般常識に鑑みて、彼女はただのイタいお孃さん、とスルーするのが大人の対應ではないかなア、なんて思うのですが如何でしょう。
ところでつずみ嬢といえば、島田御大が訪台された時に、何故か理由はハッキリしないものの、そのタイミングで台湾を訪れていたことは台湾ミステリ界隈の人間であれば誰もが知っている筈で、因みにその時と言うのが島田御大と既晴氏の對談で通譯を務めた張女史曰く、「初日にリージェントホテルで彼女を見た時には、目のやり場に困ってしまうような(第一天晚上在晶華看見・好時,就讓我不知該如何不把視線定在臉上而不往其他地方亂・漏)」セクシーな恰好で登場、流石の女史も「あんな恰好で二日目に風邪でもひかなかったのか心配(然後・好第二天以後就感冒了?)」と言わしめてしまうほどの肝っ玉の持ち主でありますから、まア、何と言うかTPO的観点から見てもアレというか、個人的には異国との文化交流を行う上での節度や礼節というものが、つずみ嬢の言われる「教養」という言葉に含まれるのか判然とはしないものの、とにかくこのエピソードを聞いただけでも「教養」という言葉を口にするにはチと説得力を欠くパフォーマンスの激しさに、ボンクラの自分などは頭がクラクラしてしまいます。
ですから、「教養貴族」なんてイタい言葉を彼女が口にしたとしても、「そうそう、俺たちは大衆だよー。ゲラゲラ」なんて具合に軽くスルーしてあげるのが大人の男の節度というもので、こんなフウに同人誌で声も荒く世間を知らないお孃樣を指彈してしまうのは如何なものか、と個人的には考えてしまいますよ。
この後、彼女が探偵小説研究会の中でどうなっていくのかは分からないものの、個人的には自分のキャリアを活かして、活路をインドに見いだし、「いまインドには新本格が生まれつつある」と現在のインドミステリを熱く語る波多野氏とコンビを組んで、是非ともインドの新本格を日本に紹介していただきたい、と期待してしまいます。もっとも波多野氏にしてみればたまらなくイヤでしょうが(爆)そこはそれ、こういうお堅い研究会でありますから、ドジっ子娘が一人くらいいてもいいんじゃないかなア、なんて外から研究会の活動に大期待している自分などは思うのですけど、ダメですかねえ。
――なんてかんじで、本格理解「派系」作家の首領とつずみ嬢について千街氏が語っている部分ばかりを取り上げてしまいましたが、個人的には後半部において展開されている内容の方が重要な氣がしておりまして、このあたりは是非とも皆樣の目で確認していただければと思います。
またこの文章は本格理解者だけではなく、この脱力の「X騒動」において、不作爲も含めた樣々な行動を取られた方々を取り上げている譯で、名指しで挙げられている方だけでも例えば「本格ミステリーワールド」絡みでは島田御大にも言及されているし、また後段では有栖川氏の例の論考に絡めて同業者である評論家の方々についても意見を述べています。ですからこの文章は決して本格理解者を嗤うためのものではない、というところには留意しておく必要がありそうです。
しかしこういう「業界人だからこそ知り得た秘密の話、コッソリ教えます!」みたいな企画ものは、個人的には千街氏のキャラからいっても似つかわしくないように思われ、また本格理解者へのツッコミに關しても、そのややユーモアを欠いた攻撃性は時に痛々しささえ感じさせます。本格理解者へのツッコミに關して言えば、このあとに収録されている千野帽子氏の「少年探偵団は二度死ぬ。――ジャンルを語ろうとして」の方が、皮肉を込めたユーモアや揚げ足取り、さらには首領の腦内をトレースしたかのような奇天烈ロジックの冴えなど、「業界の内輪ネタ」を除けば、その技巧においては遙かに面白く、笑えます。
という譯で、個人的には、今後こういう本格理解者指彈ネタはすべて千野氏にまかせて、千街氏にはそろそろ、次なる課題に取りかかっていただきたいと思いますよ。因みに上でつずみ嬢ネタに絡めて台湾ミステリの話をチラっとお話したので、そのついでに少しばかり話を致しますと、あの島崎博御大が「今、日本のミステリ評論家の中で一番高く評価している人物は?」との問いに千街氏の名前を挙げられたことはここに記しておくべきかもしれません。
そんな千街氏がこんなふうに業界の内輪ネタを晒して他人を指彈するような文章を、同人誌に書いてしまうというのは、個人的にはいただけないというか哀しいというか、――二つのエントリも使って引用と紹介を行いつつこんなことを言ってもマッタク説得力はない譯ですけど(汗)、とにかく千街氏には「本業」の方に戻って、「水面の星座、水底の宝石」に次ぐ本格ミステリ評論集を早くリリースしていただきたい、と個人的にはエールを送り續けたいと思います。
またこれはあくまで個人的な希望なんですけど、巽氏が自らの本格ミステリの研究成果を投入して、いよいよ創作活動を本格的に始動させた今、そろそろ千街氏の小説を讀んでみたいなア、なんて期待してしまうのは自分だけでしょうか。本格ミステリの深奧を見拔く確かな目を持つとともに、またキワモノミステリにも造詣が深く、時にはやや耽美過剰に流れつつも、華麗なロジックで見せてくれる千街氏の文体で、今、氏が持っている研究成果を全て投入してみせた曉にはいったいどんな本格ミステリ小説が書かれるのか、――個人的にはこのあたりに興味津々なんですけど、ダメですかねえ。
天城――山沢という、超弩級の本格ミステリに連なる風格をいま繼承することが出來るのは巽氏と千街氏の二人である、なんて感じている自分としては、次の「CRITICA」には是非とも千街氏の小説の掲載を、と期待してしまうのでありました。
何だか今号の「CRITICA」は先のエントリの冒頭でも述べた通り、内容も盛り沢山で、ほかにも色々と語りたいものもあったりするのですけど、いいかげんこればかりに連續していくつもエントリを設けるのもアレなので、次からはいつも通りに戻します。少ししたら次には川井氏の傑作論考「論理=遊戯」と第一特集の座談会「探偵小説批評の10年――花園大学公開講座」や市川氏の「横溝作品に見た長編の≪構図≫」あたりを紹介してみたいと思います。