「わが推理小説零年―山田風太郎エッセイ集成」を讀んでいたら、無性に小説の方も讀みたくなってしまったので、今日は山田風太郎ミステリー傑作選の中でもキワモノマニア的にはイチオシといえるセックス&ナンセンス篇の「男性週期律」を取り上げてみたいと思います。
収録作は、ブンガク指向のセンセイが金の為に書いたエロ小説の引き起こす珍騒動「春本太平記」、惚れていたバーの女に復讐するために一途男が強姦魔へと変貌した顛末を語る「痴漢H君の話」、高利貸しから引き受けた美女を養う為に誘拐事件へと手を染めた男の告白「美女貸し屋」、バカ男どもがナンパ師となって夜の街へと繰り出す脱力劇「ドン・ファン怪談」、女をイかせるホスト野郞の超絶テクニック「紋次郎の職業」。
男の童貞チェックにミステリ的な脱力の逆転劇を凝らした「童貞試験」、奇妙な恋愛三角形が描き出す犯罪構図「色魔」、センセイのおおらかな恋愛哲学がメタレベルで脱力の仕掛けへと転じる「女妖」、仲睦まじい夫婦が巻き込まれた皮肉な殺人喜劇の顛末「殺人喜劇MW」。
男にもメンスのような周期があるのかという全人類の疑問(ウソ)をSF的奇想に仕上げた表題作「男性週期律」、男の鼻がナニになるというそのマンマのお話「陰茎人」、原子爆弾の実験によって生まれた虱が男性のナニに取り憑いてアレになるというナンセンスSF「男性滅亡」、処女かどうかが一目瞭然という大発明が転じてトンデモな奇想へとハジける「ハカリン」、射精用の自動販売機という大発明が巻き起こす脱力劇「自動射精機」、インポ達の秘密の集まり「自律神経失調同盟」、人口増加に歯止めをかける為に政府がブチ挙げたトンデモな発明が引き起こす大騒動「満員島」など全十七編。
エロネタを脱力劇へと昇華させた短編を前半に、そして後半にはこれまたエロい発明をトンデモなSF劇へと纏めた作品を配置した構成で、キワモノマニア的には以前取り上げたふしぎ文学館シリーズの一冊「怪談部屋 ふしぎ文学館」に勝るとも劣らない一冊へと仕上がっています。
前半に収録された短編の中ではやはり絶妙なオチを添えた作品が個人的にはツボで、「ドン・ファン怪談」などがその典型でしょうか。大先生に高級料亭へと招待された学生どもは、センセイの奢りかと期待していたら何と、自腹でメシ代を払わなければならないと分かって四苦八苦。一同、街に繰り出して一番の美女をナンパしてきた一人だけは支払いを免れるというゲームに挑んだ彼らの顛末は、……という話。
それぞれが付け焼き刃に女をナンパしてみせるものの、それいずれもが一癖も二癖もあるアレな女に引っかかってしまうという展開も愉しく、そして最後にはこちらがこれまた期待通り、というか予想通りのオチで終わるところがいかにもうまい一編です。
「痴漢H君の話」も、小市民的奈落と脱力の眞相のマッチングが素晴らしい一編で、ベタ惚れしていたバーの女が何者かに強姦されるや男は復讐の鬼と化し、容疑者とおぼしき男の妻や娘を片っ端から強姦していくのだが、……という話。タイトルは痴漢ですけど、やってることははっきり言ってレイプで、寿行センセだったら陰惨な話で何処までも堕ちていくようなプロットも、ひとたび風太郎語りとなればこれが脱力のオチも添えてナンセンスなお話へとハジけるところが何とも不思議。
「童貞試験」は、結婚式に出席している語り手がとある出来事を回想するという構成で、婚約を誓った新婦から、貴方が本當に童貞なのかどうかを確かめたく、……なんて手紙を受け取った新郎がその試験に挑むと、……という話。騙し騙されのどんでん返しがこれまた予想通りのオチへシッカリと着地します。
「殺人喜劇MW」もミステリ的な趣向を添えた一編で、仲睦まじい文化人夫婦に、左巻きヒッピーのバカ者どもを交えた奇妙な殺人劇が展開されます。文化的毒虫と罵られる文化人のセンセイに因縁をつけるヒッピーどものディテールが素晴らしく、ホテルの界隈を散歩していた文化人夫婦は、すっ裸で踊っているヒッピーたちに出くわしてしまう。
口々に自分の名前を囁いているので「うるさいな、またサインか」なんて思っていると、自著に対してダメ出しをしてくるわ、挙げ句には「内灘や富士で基地反対をアジったのはだれだ」「ぜいたくなホテル住まいの費用はどこから出たんだ?」と詰問してくる始末。
「失敬だろう。君たちは――いやしくも年長者に、その格好はなんだ」
「格好なんて形式的なことはどうでもいいです。われわれはあなたの弁明を要求します」
「僕がホテルに泊まった費用はどこから出たとはなんたるけしからんいいぐさだ。君たちだって、ここにこうして避暑にきているじゃないか。しかもその狂態はなんだ。若い男女がまるはだかで踊りまわるとは言語道断じゃないか」
「ゴンゴドーダン?外国語でおどしつけようたって、それはダメです。われわれはアルバイトの血と涙でやっとこのキャンプ生活の費用をつくったんです。それに若い男女が裸体でキャンプするのが、何がわるいんです?」
やがてある二つの殺人計畫が語られ、それが実行にに移される刹那、トンデモない眞相が明かされるのですけど、若者たちの脱力ソングをバックミュージックに皮肉のこもった幕引きで締めくくるところはまさにナンセンス。
射精するべからず、という禁欲が男の精神を崩壊させる「男性週期律」もエロネタが奇想へとハジける佳作ながら、この風格では「自動射精機」が一番のツボでした。このマシンを構想した曰くが博士の口から語られるのですけど、これも相当にハジけていて、
「町じゅういたるところアイスクリームなど売る自動販売機、駅で切符を売る自動販売機があるだろう。あれからヒントを得たんだがね。ああいう具合にインスタントに、スムーズに男性のセックスを処理できる設備はできんだろうか。すでに電気ハブラシとか自動搾り機なんてものさえある。そんな作動原理をミックスすればできん機械じゃないと思うんだが、君、どう思う?」
結局ビルドされた自動射精機は大好評、しかしそ町中に溢れる射精機の中でも一番の気持ち良さを誇るマシンの中身が最後に語られ、……ってこのネタにポーの某短編を思い浮かべ、そのオチのアンマリさに苦笑してしまうこと間違いなし。
エロネタに脱力とナンセンスを添えて奇想SFへと仕上げた収録作の中では、現代の世相や政治批判が込められた「満員島」もかなりの作品で、人口調整の為に国民はすべからく制慾帯をつけるべし、という政府の方針からトンデモない出来事が發生するという語りの中へ、政府の方針にただ流されるばかりという日本人の愚民ぶりや、政治家の日和見主義をシッカリと批判してみせるところが面白い。笑えるネタなのにその批判精神にはかなり深い語りが込められているところも含めてまさに力作と呼ぶに相応しい作品でしょう。
何となくエロネタのSFというところで、佐野洋御大の手になるふしぎ文学館シリーズの「F氏の時計」にも通じるところがあるようにも感じられる一冊で、本作の風太郎式エロSFがツボだった人は、「F氏の時計」にも目を通していただき、両御大のエロネタに對する手さばきの違いを堪能してみるのも吉、でしょう。