明日は第五回「本格ミステリ大賞」の公開開票式が行われるはずで、ミステリのブログをやっているものとしては、このテの時事ネタで何か書いても良いのでしょうけど、まあ、もともと流行だのベストセラーだのといった時流は無視して好きなミステリのレビューを淡々とこなしているだけなので、今日もいつもと變わらず、先ほど再讀を終えた本作について書いてみますか。
で、今日のお題は竹本健治の「囲碁殺人事件」です。これでゲーム三部作のすべてを再讀した譯ですけど、やはり「トランプ殺人事件」の異樣さが際だっているなと感じました。本作は三部作の最初を飾る作品で、この創元推理版には有栖川有栖の解説がついています。これがなかなか面白く、本作の特徴を巧みに纏めてくれているんですよ。本當に有栖川氏は解説を書かせるとうまいです。
さて以前にも書いた通り、本作はあの「失楽」の次の作品として発表されたのですが、この作風の變わりように當事のミステリファンは驚かされたことでしょう。何しろあらゆる要素を詰め込んでミステリの枠からも定義からも軽くはみ出してしまった「失楽」と相違して、本作ではそんなやりすぎ感は影をひそめ、たった一つの殺人事件に焦点を絞るかたちで物語が進行していくのですから。
もっとも過剩さが薄れたとはいっても、そこは竹本健治、囲碁に関する蘊蓄に脳科学の衒學を絡めて語らせてしまうあたりはいかにもといったかんじです。囲碁の棋譜に祕められた暗號や、その動機、……というか事件の背後に隱されていた事実はやはり普通のものではなく、このあたりに「失楽」の餘韻が感じられます。
しかしそれでもミステリとしての結構は三部作のなかでは一番まともで、思うに作者は「失楽」を書き終えた反動で、普通のミステリに少しばかり手を染めて、やはりこれでは面白くない、と今度はある程度の破綻は覺悟しながら「将棋殺人事件」を書き上げ、この二つの成果として、今度は「失楽」のエッセンスを「囲碁」「将棋」で試みた普通のミステリのなかに詰め込んで「トランプ」を仕上げたのではないかな、と。「トランプ」に至るまでの試行錯誤の経過報告が本作の「囲碁」と「将棋」であるという感覺は三部作のすべてを讀み終えたあとでも變わりませんねえ。まあ、それだけ「トランプ」の衝撃が大きかったということです。
このゲーム三部作の探偵役は牧場智久とその姉の典子ですが、このあともこの二人の探偵は「風刀迷宮」や「凶区の爪」などで再登場します。これらの作品もいつか再讀してレビューしてみてみたいと思います。