タイトルの雰囲気とヒロインの造詣から、冒険活劇風味を添えたオーソドックスな本格ものかと思いきや、さまざまなひねりを加えた結構と、虚実の重心を操作した芦辺氏ならではの技巧溢れる逸品を取り揃えた一冊で、堪能しました。
収録作は、舞台劇にエノケンという最高の配役を据えて虚実の間隙をついた趣向を凝らした「名探偵エノケン氏」、路地裏に出現したフルコースのテーブルという日常の謎の背後に仄見える悲哀の歴史を鮮やかに描き出した「路地裏のフルコース」、不可能趣味を添えた密室ものが転じて奇天烈な「あるもの」へと姿を変える見せ方が見事な「78回転の密室」。
この時代設定ならではの「最新」科学を用いたトリックが逆向きのベクトルを供えた二十一世紀本格的バカミスへとハジける「テレヴィジョンは見た」、密室からの被害者の消失と不可解な出現という不可能趣味溢れるコロシの見せ方に「見えない探偵」の行動が、併走する「企み」を翻弄する「消えた円団治」。
英雄男の一世一代の見せ場がコロシへと転じる事件の背後に隠されたいいあるひとの思いが悲哀を誘う「ヒーロー虚空に死す」、北を目指す修学旅行が国際色豊かな策謀劇へと流れる顛末を見事な活劇として描き出した「少女探偵は帝都を駆ける」の全七編。
探偵娘のヒロインである鶴子タンに宇留木のコンビを活劇フウの展開に託して描き出した物語ゆえ、さらりと一讀すると、事件が起こってそこからテンヤワンヤと一悶着あった後に探偵の推理が開陳され、ジ・エンド、――というふうなシンプルな結構をイメージしてしまうものの、なかなかどうして一筋縄ではいかない事件の見せ方に、芦辺氏ならではの、虚実の間隙に仕掛けを凝らした展開など、活劇フウの本格ミステリを装いながらも、現代本格ならではの様々な技巧を堪能できる作品が目白押し。
例えば冒頭を飾る「名探偵エノケン氏」も、古典リスペクトの風格であれば、劇中に発見された不審死体の謎を中心に据えて物語を展開させていくところを、エノケンという役者を「主役」に据えて、怪人との対決という冒険活劇的展開のさなかに不可解な失踪という謎をメインに持ってきた結構が秀逸です。
劇場内での舞台劇という「虚構」が地続きに怪人との対決という「真実」へとすり替わるという虚実の壁を取り払った活劇の中へ失踪という謎を置いた外連に、芦辺ミステリならではの技巧が冴えた展開も素晴らしく、メタ的趣向をとらずとも虚実の重心を操作することで、不可能趣味溢れる本格ミステリをさらりと描き出してしまう氏の手さばきには感心至極。
こうした虚実のあわいを操作して不可能趣味を存分に発揮した逸品が「テレヴィジョンは見た」で、現在から見た過去でありながらそこに「最先端」の科学を用いた仕掛けを凝らしているところが、御大の某長編作品を彷彿とさせるとともに、このトリックがまたバカミスとしかいいようがないハジけっぷりを開陳しているところが素晴らしい。
その御大の某長編のトリックについてかなりボカした書き方をすると、……その作品では「最先端の科学」を投じることで読者の時間意識と作中の時間軸に落差を生じさせ、その落差を起点に意識のベクトルを操作するという、――二十一世紀本格のテクニックが「逆向き」に用いられているわけですが、この「テレヴィジョンは見た」にもまたこれと非常に似た趣向が用いられています。ここに行為者が実際にそれを行っているシーンを思いうかべるに吹き出してしまうというバカミス風味をイッパイに添えてあるところがこの短編の大きな見所のひとつでしょう。
一見すると日常の謎の外観をそなえつつも、その謎そのものの推理を中心に据えず、敢えて謎の背後に隠された真相へと繋がる事象の輪郭を徐々に描き出していくという結構にうまさが光るのが「路地裏のフルコース」で、冒頭には路地裏に出現したフルコースのテーブルという日常の謎を提示しながらも、そこからすぐにその謎解きへと流れることなく、いわばその謎の描写の中に描かれた「あるもの」を、冒険活劇的な見せ方にふさわしい悲哀の真相へと到るための伏線に転化させた結構がいい。巷に氾濫する日常の謎系が採る展開とは大きく異なる本作の趣向には、日常の謎という「定型」に新味をくわえるヒントが隠されているような気がするのですが、いかがでしょう。
「消えた円団治」と「少女探偵は帝都を駆ける」は、敵味方という二つの視点が併走するという事件の様態から一方の側に重点を置いてみせることで、コトの真相とその背後にいる「推理する者の視線と行動」を隠蔽してみせた技巧に注目でしょう。
「少女探偵は帝都を駆ける」ではさらにこの敵味方の二つの視点の一方に軸足を置きながら、後景に退いているあるものの操りがその行動を制御するという超絶技巧ながら、それを冒険活劇ならでは軽妙な筆致にのせてさらりと描き出しているところが素晴らしい。修学旅行の中に鏤められた事件のひとつひとつの背後で巧妙に敵方の奸計を見抜いて危機を脱してみせる探偵の行為の裏で、ひそかに進められるもう一つの大きな策略が、真相開示とともにこの時代ならではの歴史的逸話も添えて幕となる構成もいうことなし。
一編一編の「事件」に添えられた「トリック」は、分類してみれば非常にオーソドックスともいえるかたちを持ちながらも、その結構と展開、さらには現代本格ならではの巧緻を極めた謎の扱い方によって実際は技巧的ながら冒険活劇の風格にふさわしいスマートな物語に仕上げた風格は、フツーに読めば冒険活劇風味の本格ミステリとして、またじっくりとその結構と仕掛けを精査していけば現代本格の逸品としても愉しめるのではないでしょうか。
トリックを完全に物語の展開や構造から切り離して単体評価することをよしとする偏狭な原理主義者ではなく、現代本格ならではの技巧に注力した読みを愉しめる芦辺ファンであれば、十二分に愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。