前回の続きです。三日の仕込みを終えて、いよいよ四日の式典当日となったわけですが、皇冠のビルには「密室裡的大師 島田荘司的推理世界」と島田荘司展のポスターが大きく掲げられていました。
式典は「アトポス」の「サロメ 七つのヴェールの踊り」をイメージした踊りからスタート。演じているのは舞蹈空間のダンサーで、まずは一人の女性が左脇から登場するや、妖しげな音楽が流れだし……ダンサーの美しい肩の筋肉やしなやかな腰つきをねばい視線(by 寿行)で見つめているうちに今度は男性のダンサーが現れ、彼女に絡んでいきます。やがてもうひとりの女性ダンサーもそれにくわわり、三人の激しい踊りが演じられたあと、会場は拍手喝采に包まれ、主催者である皇冠文化集団發行人である平氏の登場となりました。
平氏に続いて、国立台湾文学館長である鄭邦鎮氏のスピーチが終わると、台湾ミステリ界の重鎮である詹宏志御大と映画評論家の景翔御大に日本人一名をくわえた三人の決戦審査員が紹介され、三人を代表して詹宏志氏から審査の内容とこれからの台湾ミステリに対する期待が語られました。
皆が思わず笑ってしまったのが、「エドガー・アラン・ポーの名前から江戸川乱歩が自らの筆名をつくり出したように、将来、台湾のミステリ作家が島田荘司の名前からペンネームをつけるようになるかもしれない」というような話をしたことで、「では島田荘司の発音を中国語読みするとしたらどんなのがいいか」という問いに御大の通訳である張東君女史曰く、「”島田”は”喜瑪塔”で決まりッ」と秀逸なイラストも添えて説明をしてくれたというのは後日談。
この賞の素晴らしいところは、最終選考に残った三作、――すなわち入選した三作のみならず、日本で言うと一次選考を通過した十作に対しても表彰があることで、一次選考を通過した台湾、香港、大陸在住の十名には式典の招待状が送られたものの、実際会場に足を運んでくれたのは三人だけ(一作は合作なので、精確には四人)だったというのはちと寂しい気がしました。
御大と直接話が出来るという滅多にない機会でもあるわけですし、次回こそは「どうせ俺ッチは入選しなかったんだから……」なんてイジけている暇があったら「コン畜生、こうなったら会場では創作について御大を質問攻めにしてやるからなッ!」というくらいの気概で式典に参加してくれればと思いますよ、……と、ここでは「矮靈祭殺人事件」の作者にして、今回は土屋隆夫を彷彿とさせる文学的香気と笹沢左保的ロマンティシズムの横溢する社会派本格ミステリの傑作「不實的真相」をこの賞に投じてくれた陳嘉振氏にさりげなーくメッセージを送っておきたいと思います。
さて、まずは「印加古墓之謎」の作者、Azure嬢の写真から。「印加古墓之謎」というタイトルの雰囲気から、本格マニアはクイーンの国名シリーズ的な作風を期待してしまうのですが、この作品はそんなマニアの期待を華麗にスルーしながら「それ何てハムナプトラ?」ともいえるハリウッド映画的な風格に本格ミステリ的な趣向を添えた作品で、南米を舞台にインカの遺跡での衆人環視下の人間消失や、富豪のコロシに隠された隠微な人間関係を活写した物語です。
秀逸なのは昨今のキャラ萌えにも目を配ったお金持ちのお嬢様探偵二人の性格造詣でありまして、何しろ事件現場に飛行機で駆けつけるやパラシュートで落下、下から口アングリで見上げていた観衆が「鳥か? 飛行機か? いや、人間だろありゃあ!」なんて台詞が出てくるあたりや、遺跡内部でのテンヤワンヤの大騒ぎはまさにハリウッド映画的。本格ミステリとしての仕掛けは弱いものの、相当にリーダビリティは高く、若い世代には結構支持される作風ではないかな、という気がします。
続いては「獵頭矮靈」の作者である烏奴奴,夏佩爾で、写真は烏奴奴嬢。「獵頭矮靈」は大台風に被災して寒村を追われた原住民の悲哀を本格ミステリの事件に託して描き出した佳作で、怪奇雑誌の超若手編集長の娘っ子と社長がヒョンなことから知り合ったビンロウ売りの娘が猟奇殺人事件の被害者であったことから、殺人輪舞ともいうべき奇妙な連続殺人事件に巻き込まれ、……という話。
原住民であった被害者の娘の首は切断されて持ち去られており、そのかわり部屋には見知らぬ男の首がホルマリン漬けにされて置かれていた。被害者の足跡を辿るうち、犯人はすべての被害者の首を切断し、かわりに別の被害者の首を現場に置いていたことが明らかとなる一方、古代人の存在をめぐって女性編集者は探検隊クルーとともに山の奥地へと繰り出すも、そこでも不可解な殺人事件が發生して――。
都市篇と山奥篇と二つのパートを交錯させながらも、都市篇ではスピード感のある文体で綴る一方、山奧篇ではホラー的な趣向も添えて密林の噎ぶような雰囲気をうまく伝えてと、メリハリをつけた結構で読者を飽きさせません。本格ミステリとしての硬度は確かに入選作に譲るし、実際に用いられるトリックも古き良き日本の探偵小説の短編あたりに使われそうなものながら、山奧編での殺人に用いられるこのトリックは、トリック「そのもの」の形態だけで評価するべきではないでしょう。やはり二つのパートに分けられた本作の結構と照らし合わせて、それが本作の主題をどう引き立てているのか、――そこまでの読みをしないとこの作品の、本格ミステリとしての魅力は見えてこないような気がします。
あまり詳しく語るとネタバレになってしまうので差し控えますが、山奧篇での殺人には、上にも触れた通り子供騙しでもいうようなシンプルなトリックが使われています。しかし注目したいのは、この子供騙しを成立させるためには、都市の象徴ともいえるあるガジェットを用いなければ決して成功しないという点でありまして、山奧と都市のはざまで引き裂かれた自己を持つ犯人像という点を鑑みれば、このトリックの成り立ちは本作の主題とも深いところで共鳴しているといえるのではないでしょうか。
さらにいえば、そうした子供騙しともいえる原始的なガジェットを山奧の象徴とし、それを支える都市のガジェットと「複合させた」犯人の奸計は、結局、「山奧」を彷徨うヒロインのささやかな「気付き」を端緒として、「都会」から駆けつけた探偵によって見破られてしまいます。そして山奧と都市の象徴を複合させた犯人のトリックが見破られたところから、探偵の推理は一気に犯人の自己同一性へと踏み込んでいくのですが、こうした推理の構成も秀逸です。
結局、推理によって明らかにされる犯人の悲哀のドラマはややありきたりなところへと落ち着くものの、本格ミステリではなく秀逸なサスペンス小説としてこのまま出版されてもおかしくないレベルの作品だと、個人的には感じました。
次の写真は「謀殺紅樓夢」の作者である江曉wenの旦那氏。十作の中で唯一、大陸からの参戦者でありまして、内容の方はタイトルから想起される通り「紅樓夢」の世界を舞台に幻想的な連続殺人事件を描き出した作品です。この作品は、その流麗な文体と映画的ともいえる非常に美しい幻想描写から、景翔御大が高く評価していた作品でもあります。
――と、何だか非常に長くなってしまったので、今回はこれくらいで。次こそは入賞者の写真をアップしたいと思います。